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なぜか口惜しげな表情のベネット。仮にハイポーションが潤沢にあったところで、譲る気はさらさらないので安心してほしい―

そうして、ポーションが原因のゴタゴタを避けるため隊商を離脱したこと、ついに魔の森へたどり着いたことなどを話す。霧の中に棲む、不気味でおぞましい化け物たち。それをどうにかやり過ごし、赤衣の賢者と邂逅し、『故郷』への帰還が難しいことを教えられ、公国へ戻ってきた―

『あとは、知っての通りだ。そんなわけで、アイリーンと俺は、サティナに移住することにしたのさ』

ケイが長い長い冒険譚を語り終える頃には、すっかり夜も更けていた。明日は早いのでそこで解散となり、ケイは以前アイリーンが寝かされていた村長屋敷の一室で、柔らかい上等なベッドの感触を楽しみつつ就寝した―

―しかし、マンデル

しばらく無言で駆けていたが、ふと気になることに思い当たり、ケイはマンデルを呼んだ。

ん、どうした

ソフィア嬢は、本当に大丈夫だったのか? さっきの見送りのとき、随分とやつれているようだったが……

マンデルを心配げに見送っていた娘二人―そのうち妹のソフィアは、目の下に濃いクマを作って、どこかげっそりとした様子だった。

心配のあまり、よく眠れなかったのだろうか……。

ああ、あれか

が、マンデルはクックックと喉を鳴らして、笑いを噛み殺す。

どうやら、昨日のケイの話のせいらしいぞ

……え?

“魔の森”の化け物の話が、よほど恐ろしかったらしい。そのせいでなかなか寝付けなかったそうだ

…………

思っていたのと大分違う理由に、思わずケイは閉口した。それを見てマンデルが愉快そうに、声を上げて笑い出す。

やっぱり、お招きしたのは余計なお世話だったかもしれない―と、ケイは渋い顔をするのであった。

†††

それから、ケイとマンデルがサティナに到着したのは、おおよそ二時間後のことだった。

マンデルを連れていたにもかかわらず、スズカの速度が落ちることもなく、行きよりもスムーズに帰ってこれた。昨日、思い切り走ったことで、二頭ともむしろ調子が上がってきたのかもしれない。

早朝ということもあり、市壁の門もそれほど混雑していなかった。ケイとマンデルはそれぞれ身分証を提示し、街の西門をくぐり抜けてから、まずアイリーンが待つ自宅へと向かう。

ケイ! 戻ったか!

石畳を打つ蹄の音を聞きつけて、家からアイリーンが飛び出てきた。

アイリーン!

突進してきた、羽根のように軽い体を抱きとめて、二人で踊るようにくるくると回ってからキスする。

ただいま

待ってたぜ

……お熱いことだな

やれやれ、とばかりに苦笑したマンデルが、ひょいと帽子を脱いで一礼した。

久しぶりだな、アイリーン。……変わりないようで何よりだ

マンデルの旦那こそ、久しぶり。元気にしてたか?

ああ。……特に今は、若返ったような気さえしている

よほど気合が入っているらしい、マンデルは覇気に満ち溢れていた。

今回は、ケイに付き合ってもらって悪いな。来てくれてありがとう

なに。……礼を言いたいのはこっちの方さ、英雄殿の狩りに同行できるんだ

挨拶もそこそこに、今後の打ち合わせに移る。

サスケとスズカは絶好調のようだが、タアフ-サティナ間を駆け抜けて流石に疲労の色が見られる。いつもの宿の厩に預けて、しばし休憩を取らせることにした。

その際、忘れずに、自作の体力回復薬を二頭ともに舐めさせておく。以前ヴァーク村の 深部(アビス) で採取した『アビスの先駆け』から、薬効成分を抽出したものだ。アイリーンがレシピを覚えていたため、しばらく前に器具を買い揃えて調合してみたのだ。

ゲーム内ではしばらくの間、スタミナを回復させる効果があった。再出発は昼前を予定しており、それまでには二頭ともかなり疲労が取れるはず。

―なお、ケイも舐めて見たが、エグい苦さで死ぬほど不味かった。 ハイポーションのゲロマズ成分はお前か!! と叫びたくなるほどに。

舐めさせられたサスケは ぼくがんばったのに、なんでこんなことするの と悲しげな顔を見せ、スズカは鼻息も荒く前脚で地面をかいて、すこぶる不機嫌になった。

体力は回復するかもしれないが、精神的な面ではしばし問題がありそうだ。使わない方がマシだったかもしれない―

モンタン! 矢はできたか?

ケイさん! ばっちりですよ!

次に、木工職人のモンタンの家を訪ねる。キスカに、ベネットから預かった手紙を渡しつつ、“氷の矢”を見せてもらう。

突貫作業でしたが、何とかなりました

モンタンの役割は、コウが魔力を込めた宝石を矢にしっかりとはめ込んで固定することだった。これは、鏃が特殊な構造をしており、もともとケイが”爆裂矢”を作るために注文していた矢だ。『鏃に宝石をはめ込む』という点では”氷の矢”も変わらないので、流用が可能だった。

用意された”氷の矢”は、20本。さらに、エメラルドをはめ込んだだけの”爆裂矢”の素体(ベース)も何本か。ケイが宣之言(スクリプト)と魔力を込めれば”爆裂矢”の一丁上がり、というわけだ。

一本一本、重心などを確かめたが、どれも申し分ない出来だった。

見事な仕上がりだ。ありがとう

“森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)“狩りと聞いて、気合が入ってしまいましたよ

一仕事終えた感を出しつつ、爽やかな笑みを浮かべるモンタン。

お兄ちゃん……がんばってね! 気をつけてね!

心配げなリリーに見送られつつ、ケイはその足でコーンウェル商会へ向かう。

ケイくん。待ってたよ

商会本部の前では、ホランドが既に必要な物資の準備を終えていた。

荷馬車が一台。健康な山羊が五頭。マンデル用の乗用馬が一頭。食料や医薬品、野営用品、etc, etc…

うっス。自分は護衛を担当する、オルランドっス

そして、荷馬車を護衛する戦士たちとも顔合わせした。オルランドという強面の男がリーダーの四人組で、それぞれ交代で馬車の御者も担当するらしい。ケイが見たところ、そ(・)こ(・)そ(・)こ(・)できる。オルランドは槍使いらしく、かなり手強そうな雰囲気を漂わせていた。他の三人も槍や斧を扱うようで、粒ぞろいな戦士たちだ。コーンウェル商会の護衛の中でも腕利きだろう。

が。

それで……自分たちはあくまで馬車の護衛で、“森大蜥蜴”狩りには参加しなくてもいい、ってことっスよね?

強面をわずかに緊張させて、オルランドが念押ししてきた。

ああ。無理強いはしないよ、手助けしてくれるならそりゃ助かるが……

今回、オルランドたちの役目は、荷馬車を護衛して物資をつつがなくヴァーク村へ届けること。また、討伐成功の暁には、“森大蜥蜴”の素材を持ち帰ることだ。