対人をメインとする彼らに怪物狩りの経験などあるはずもなく、またケイが彼らに指揮権を持っているわけでもないので、彼らは彼らの裁量で動くことになっていた。
ケイとしても、土壇場でビビって逃げそうな者に背中を任せるつもりはない。それなら最初からアテにしない方がマシだ。だからこそ、信頼できる仲間を求めて、タアフ村までマンデルの協力を仰ぎにいったわけだが―
ところでホランドの旦那、気が早い話かもしれないが―
と、荷馬車を点検していたアイリーンが、ホランドに話しかける。
このサイズだと、“森大蜥蜴”の素材は載せきれないかもしれないぜ?
コンコン、と荷馬車を叩きながらアイリーン。取らぬ狸の皮算用もいいとこだが、すでに討伐後の心配をしているようだ。だがこれにはケイも同感で、商会が用意した馬車は質こそいいものの、サイズはかなり控えめであるように思われた。
ああ。ウルヴァーン支部と”伝書鴉(ホーミングクロウ)“でやりとりがあってね。協議の結果、素材の大部分はウルヴァーン側に運ぶことになったんだよ。サティナはちょっと遠いから
ホランドの答えに、ケイたちも納得する。ヴァーク村からウルヴァーンまでは馬車で一日足らずだ、素材を運ぶならたしかに向こうの方が好都合だろう。
……それと、ウルヴァーン支部からの知らせによると、昨日の段階ではまだヴァーク村は無事だったらしい
通りを行き交う人々に聞かれないよう、声をひそめてホランドが告げる。
なるほど……それは重畳だが
これから間に合うか、だな
アイリーンが腕組みして、ため息をついた。
……そろそろ出発するかい?
ああ。あまり余裕はなさそうだ
ケイ、アイリーン、マンデルの三人は、うなずきあった。軽くサンドイッチで昼食を摂り、トイレを済ませ、必要物資をチェックしてから一同はサティナを発った。
お気をつけて!
ご武運を!
精霊様の御加護があらんことを!
荷馬車の護衛、オルランドたちの声援を背に、ケイたちは進む。
足の速い三騎で先行するのだ。
“竜鱗通し”を片手に、身軽さ重視で革鎧のみを身に着けたケイ。
サーベルを背負い、動きやすい黒装束に身を包むアイリーン。
四肢に革製のプロテクターをつけ、腰に剣を佩いた旅装のマンデル。
よし、行くぞ!
ダガガッ、ダガガッと硬質な蹄の音を響かせ。
一行はヴァーク村を目指し、街道を北上し始めた。
91. 疾駆
前回のあらすじ
ケイ 体力回復薬を飲ませるか……
サスケ まっず! なんでこんなことするの
スズカ 不味すぎてキレそう
城郭都市サティナから公都ウルヴァーンまで、リレイル地方を南北に結ぶ大動脈。
―サン=アンジュ街道。
整備された石畳の道を、荒々しく駆ける騎馬の姿があった。
その数、三騎。
先頭は、スズカに跨るアイリーン。
続いて商会から借り受けた馬を駆るマンデル。
そして殿(しんがり)を務めるのが、ケイとお馴染みサスケだ。
アイリーン! スズカの調子はどうだ!?
最後尾から、ケイは声を張り上げる。
大丈夫だ! でも汗かいてるから、ぼちぼち水飲んだ方がいいかもな!
金色のポニーテールを揺らしながら、アイリーンが叫び返した。彼女を乗せたスズカは、黒色の毛並みがてらてらと光って見えるほど汗にまみれている。
現在、スズカが一行のペースメーカーだ。
サティナで多少休息を取ったとはいえ、スズカの疲労は完全には抜けていない。体重が極端に軽いアイリーンを乗せているので負担は少ないだろうが、それでも疲労具合を見つつ、走る速度を調節しているのだ。
スズカからすると、バテないギリギリのラインでずっと走らされるので、堪ったものではないかもしれない。だがもともと草原の民と共に暮らしていた馬だ。この程度で音を上げるほどヤワな育ちではないだろう。
マンデルの方は、変わりないか?
ああ。……いい馬だ、こっちは問題ない
マンデルが振り返って、生真面目な顔で答える。
コーンウェル商会から借り受けた馬は、灰色の毛並みの大人しいメスだった。ホランド曰く、最高速はそれほどでもないが、体力があり忍耐強い性格だという。今回のような強行軍にはぴったりだ。
ぶるるっ!
そしてケイを乗せるサスケはといえば―絶好調だった。クソマズ体力回復薬が効いたのか、それとも元から大して疲れていなかったのか、ほぼ完全に回復していた。体力・速力ともに普通の馬とは隔絶している、バウザーホースの真骨頂。
ケイが都度、手綱を引いて制御しなければ、徐々に加速して前方のマンデルを抜き去りかねないほどだ。戦いの機運を感じ取り、逸っているのだろうか。はたまた獰猛な魔物としての本能が表に出てきたのか。あるいは、新たに加入した商会のメス馬にいいところを見せようとしているだけか―
“竜鱗通し”を片手に周囲を警戒しつつ、思わず苦笑いしてしまうケイであった。
町が見えてきた!
と、先頭のアイリーンが知らせる。
少し休憩にしよう!
日の傾き具合を確認して、ケイは答えた。
できるなら今日中にサティナ-ウルヴァーンの中間にある、湖畔の町ユーリアまで行きたいところだ。到着時にベストな体調(コンディション)を望むなら、野宿は極力避けて、きちんとしたベッドで体を休めなければならない。現在のペースなら日が沈む前にユーリアに着くだろうが、休憩に時間を割きすぎるとギリギリ間に合わなくなる。
一口に『強行軍』と言っても、細かい調節がなかなか難しいことを、ケイはここに来て改めて感じていた。
†††
小さな宿場町にて。
水差し(ピッチャー)に直接口をつけて、グビグビと冷たい水をあおったアイリーンが ……ぷはぁ! 生き返るぜ と声を上げる。
井戸から汲み上げた冷たい水が、乗馬に火照った体に心地よい。自分の足で走るよりマシだが、ただ馬上で揺られているだけでも、人体はそれなりに消耗するのだ。
サスケ、よく走ってくれた。休憩後も頼んだぞ
馬具を外して楽にしてやり、白く泡立った汗の跡を拭き取ってあげながら、ケイはサスケに礼を言った。 まかせて! と言わんばかりに目を瞬いたサスケは、そのまま ヘイ、彼女! いい走りだったね! と、隣で水を飲む商会の灰毛馬へ絡みに行く。
灰毛馬は困惑気味―というか、ちょっと引き気味だ。そのさらに隣では、スズカが フン! と不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。
ケイも飲むか?
おう
アイリーンから水差しを受け取り、グビッと水分補給するケイ。
その横で、井戸脇のベンチに腰掛けたマンデルが、伸脚するような動きで足を伸ばしていた。少しばかり険しい表情で、太腿をさすっている。