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村に入るときも思ったが、門の周辺は混沌していた。

まるでバザールのようだ。色とりどりの天幕、熱心に探索者たちと交渉する商人、飲食物を売る簡易屋台、酒瓶片手に英気を養うごろつきたち―

おーい、キリアンはいるか

エリドアが声をかけると、探索者たちが顔を見合わせた。

キリアン、見たか?

さあな、おれは見てねぇ

ってかキリアンって誰だ?

そんなこと言い出したらよォ、まずお前が誰だよ!

違いねぇな! ガハハ! 知らねえ顔ばっかりだぜ

それよりエリドア、その別嬪さんを紹介してくれよ!

誰かが叫び、 そうだそうだ! と野太い声が重なる。

やいのやいの。ケイの傍らのアイリーンに、口笛を吹く者、見惚れる者、下品な野次を飛ばす者―いくらこの場が賑わっているといっても、女っ気はゼロだ。流石にこんな危険な開拓村にまで出向いてくる商売女はいなかったのだろう。お陰で女に飢えた男たちが、砂糖菓子に吸い寄せられるアリのようにわらわらと―

あー。ダメだ、オレがいちゃ話にならねぇなコレ

ぼりぼりと頭をかいたアイリーンが、小さくため息をつく。

オレぁ一旦村に戻るぜ、ケイ。話は聞いといてくれ

わかった

こりゃ仕方ない、とばかりに頷くケイ。

おうおう、そんなこと言わずに、ちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃないかよぉ~、お嬢ちゃん

などと言いながら、酒焼けした赤ら顔の男が絡んでこようとしたが―アイリーンが、トンッと地を蹴る。

へ?

赤ら顔の男からすると、アイリーンが消えたように見えただろう。

軽々と宙を舞うアイリーン。真正面から男の頭を飛び越えたのだ。

そのまま、群がる男たちを避けるようにして、トンットンッと飛び跳ねていき、三メートルはあろうかという丸太の壁に取り付いて、そのまま向こう側へと消えた。門があるのに、わざわざ壁を越えてみせたのだ。

…………

ごろつきたちが、呆気に取られている。

エリドア……何者(なにもん)だありゃぁ……

強力な助っ人だよ

苦笑交じりに答えるエリドア。

と、ごろつきたちの間をすり抜けるようにして、一人の男が前に出てきた。

……アッシを呼んでると聞きやしたが

ぴったりとした皮の服に身を包んだ男だ。三十代後半といったところか。ツルツルに剃り上げたスキンヘッドで、頭部には爪で引っかかれたような傷があり、前歯が何本か欠けている。少し間抜けな顔立ちにも見えるが、その立ち居振る舞いには隙がなく、特に足運びにただならぬものを感じさせた。腰の後ろには山刀を差し、小型のクロスボウを背負っている。

おお、キリアン。この人に、森の様子を話してやってくれないか

エリドアがケイを示す。

どうやら、このスキンヘッド男はキリアンというらしい。察するに、今もなお森に踏み込む命知らずの一人といったところか。

こちらの旦那は?

以前話した、“大熊殺し”のケイさ

ほう!

じろじろとケイを見ていたキリアンは、感心したような声を上げる。

それはまた。アッシは流れ者のキリアンと申しやす

ケイだ。狩人をやっている

よろしく、と目礼する二人。

森の様子、とのことで。何を話しやしょう?

できれば”森大蜥蜴”の動向を知りたいんだが……

ケイはあまり期待せずに尋ねる。

ふぅむ。いくらで?

目を細めて、キリアンが笑う。

命がけで拾ってきた情報でやすからね

タダでやるわけにはいかない、と。

もっともなことだ、とケイは納得した。しかしどれほど払ったものか。

……こういうとき、いくらぐらいが相場なんだ?

いや。……おれに聞かれても困る……

突然ケイに聞かれ、困惑するマンデル。

こんな情報の売買は経験がないからな……

そうか……

……。ただ、山狩りの類で、軍が地元の猟師や狩人を案内人に雇うときは、一日あたり小銀貨2~3枚が相場だと聞いたことがある。……それより安いということはないだろう

悩むケイに、マンデルもどうにか記憶をたどり、そんなアドバイスをくれた。

じゃあ、これくらいでいいか

財布代わりの革袋から、銀貨を数枚取ってキリアンに手渡すケイ。小銀貨ではなく銀貨にしたのは、これより細かい硬貨を持っていなかったからだ。命がけの情報なのは間違いないので、多めに払ってもいいだろうという考えもある。

ほほう。これはこれは……

キリアンは手の内の感触だけで金額を察し、サッと懐に銀貨を隠した。

お話ししやしょう。ただ場所を変えたいところでやすね

そのリクエストに応じ、一行は近くの天幕の中へと移る。

さて。アッシも、“森大蜥蜴”には直接お目にかかったわけじゃないんでやすが

キリアンは石ころを拾い、地面に大雑把な地図を描き始めた。

曰く、キリアンはいつもヴァーク村から三十分ほどの距離を探索しているそうだ。目的は薬草の採取と、狩猟。真っ黒で艷やかな毛皮の狐や、緑色の鹿のような動物など、 深部(アビス) から迷い出てきたと思しき、珍しい獲物が目白押しだという。

で、“森大蜥蜴”は、どうやらこのあたり

キリアンは、自分の行動圏の外にザッと線を引く。

村から歩いて四十分あたりのところを、うろついているようでやして。足跡やら、これ見よがしに派手に倒された木やら、“森大蜥蜴”の通ったあとが目立ってやした。だからアッシも不意に出くわさないよう、ここらで引き返すようにしてるんでやすが

……なるほど

探索者の二人が喰われたのは、 深部(アビス) の領域付近だったはずだ。そのときに比べ、少し行動圏が広がっているように見える。

このあたりの地形は?

キリアンが引いた線を示して、ケイは尋ねた。以前、ケイもこの村から 深部(アビス) まで歩いていったので、道中の起伏は薄っすらと覚えている。なので、心当たりがあった。“森大蜥蜴”がさまよっている理由にも。

ここは……少しばかり、『谷』みたいに地形が凹んでるところでやすね

……わかった、ありがとうキリアン。ところでこの話は、皆にもしてるのか?

ケイの問いに、キリアンは首を振った。

正直、あまり。アッシに金まで払って聞こうってヤツぁそういやせん。みんな勝手にやってやすから。酒を奢られて少し話したことはありやすが、これほど詳しくは、まだ……せいぜいエリドアの旦那に話したくらいのもので

エリドアは数少ない『客』なのだとか。

ふむ。キリアンぐらい森に詳しいヤツは、他にいるか?

アッシが見たところ、アッシほど森歩きに慣れてるヤツも少ないかと

普通、確かな技術を持つ森の専門家なら、こんな場所に出稼ぎに来たりしない。森の恐ろしさを知っていれば、 深部 の化け物がいるかもしれないような場所に近づこうとは思わないからだ。