ベネットが言い、ダニーがそれに乗っかる。
それに対し、少しばかり影のある哀しげな表情を作ったケイは、
馬を、そのまま置いてきているのでな。まずは直接、弔ってやりたい
なるほど。そういうことでしたら……
これ以上、ついてくるなとも言えない。
いやはや、お手数ですがケイ殿、案内をお願いしてもよろしいですかな
もちろん、俺に是非は無い。この村の人々には大変よくしてもらっているし、このぐらいはしないとな
ははは、と朗らかに笑った一同は、物資回収の準備をするために一度解散する運びとなった。
クローネンは人手を集めに。ケイは胴鎧の修繕と、残りの武具を回収するために革職人の所へと向かう。
……『この村の人々には大変よくしてもらっている』、か。言ってくれるわい
自宅へ引き返しながら、ベネットは隣のダニーにぼやくようにして呟いた。それを受けて、小さく肩をすくめたダニーは、
案外、本当に馬を弔いたいだけかも知れんぞ、親父
さてな
長年を馬と共に過ごす生粋の草原の民ならともかく、どこか胡散臭く感じられてしまうのが、あのケイという男だった。
まあ、いずれにせよ、そこまで甘くはなかろうさ
たしかにの
流石に少しわざとらしすぎたかの、とベネットは苦笑する。そんじょそこらの追剥と違って、イグナーツ盗賊団ほどの規模の盗賊団ならば、そこそこ質の良い武具を使っているはずだ。あわよくば剣の一、二本でも誤魔化せれば、と思っていたのだが、そうは問屋がおろさないらしい。
まあ、なるようになるじゃろ。取れるだけの物は取ってこい、ダニー
分かってる。荷馬車を使うぞ、親父
ほくそ笑む親子二人は、体格こそ違えど、やはり似たような顔をしていた。
†††
革職人に胴鎧を預け、代わりに籠手や脛当て、兜などを受け取ったケイは、村長の家に戻っていた。
ケイが訪問した際、“竜鱗通し(ドラゴンスティンガー)“を惚れ惚れと見つめていた年配の革職人は、 この弓に使われている皮膜は何なのか としきりに尋ねてきた。
正直に 飛竜(ワイバーン)の翼の皮膜だ と答えたケイだが、大笑いした職人はさもありなんといった風に何度も頷き、 そりゃ見たこともないわけだ! と随分と面白がっていた。どうやら冗談だと思ったらしい。
逆にそのあと、ケイの革鎧一式が森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)の革だと知った途端、職人がおっかなびっくりな手つきで革鎧を扱いだしたことが、ケイには可笑しかった。
(人を驚かせたいなら、適度な現実味がないとダメってことだな)
荒唐無稽すぎるのも考えものだ、とケイは思う。
ちなみに、森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)とは、地域を問わず深い森の奥に棲む大型の爬虫類で、ソロで遭遇すれば逃げるのが一番と言われる上位のモンスターだ。
その名の通り、深みがかった青緑色の表皮を持つ森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)は、成体ともなればその体長は10メートルを優に超える。
熊型の巨大モンスター、大熊(グランドゥルス)と双璧を成す森の王者だ。
特筆すべきはその機動力だろう。バカでかい巨体から鈍重なイメージがあるが、その見かけに反して森を駆けるのがとにかく速い。木が耐えきれれば木登りすら可能なので、その踏破性は言わずもがなだ。少なくともケイの足では振りきれない相手といえる。
強靭な革はなかなか攻撃を通さず、分厚い肉は衝撃にも強い。太い腕も、鋭い爪も、長い尻尾もギザギザに尖った歯も、全てが脅威ではあるが、何よりも強力なのはその巨体と重量そのものだ。体当たりやのしかかりを食らえば、どんなプレイヤーでも即死は免れない。しかも、歯の隙間から血液の凝固を妨げる毒が分泌されているので、少しでも噛まれると出血が止まらなくなるというオマケつきだ。顎のサイズの関係で、毒が活きる前に胴体をごっそりと食い千切られ即死するパターンがほとんどだが。
ともかく、特定の地域に行かねばエンカウントしない飛竜(ワイバーン)と違い、人里と生活圏がかぶる森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)の方が、こちらの世界では現実的な脅威として認知されているのだろう。実際のところ、地を這う竜といっても過言ではない実力を持つモンスターだ。
一度獲物を追いかけ始めると猪突猛進なところがあるので、地形を駆使した罠さえ張れば、狩ること自体は不可能ではない。ゲームでは、上級者向けの、比較的手に入れやすい防具の素材として普及していた。が、狩るのが可能とはいえ、入念に準備をしたプレイヤーのパーティーでも、度々事故死は発生しうる。
ゲームならば笑いごとで済むが、現実(リアル)となった今では、後衛のケイですら相手取りたくないモンスターだった。
ケイ殿、戻られましたか
村長の家には、まだダニーもクローネンもおらず、ベネットがひとりテーブルの上で帳簿を広げているのみだった。
ああ。とりあえず、職人に胴鎧を預けてきた
成る程。……その鎖帷子も見事なものですな
革の籠手、脛当て、兜に鎖帷子といった出で立ちのケイを見て、ベネットが感心した声を出す。革職人の所で、鎖帷子にこびりついていた血を濡れた布で拭いてきたので、その細やかな鎖の質感がさらに際立って見えた。
この帷子には何度も命を救われているよ
撫でつけると、しゃらしゃらと音を立てる冷たい金属が心地よい。
ところで、皆が集まるまで、アイリーンの様子を見ておきたいのだが、よろしいか
もちろんですとも。こちらへ
よっこいせ、と席を立ったベネットに案内され、奥の部屋へと通される。書籍や、巻物の類が収められた本棚。お洒落な装飾の施された木箱(チェスト)。床には落ち着いた緑色の絨毯が敷かれ、そして、クローネンの家のそれよりも、明らかに上質な大きな寝台の上。
眠り姫は、そこにいた。
すやすやと、静かな呼吸を繰り返す様は、まるで本当にただ眠っているかのようだった。普段ポニーテールにまとめていた髪はほどかれ、黄金の糸のようにして枕元に広げられている。汚れていた黒装束を、誰かが替えてくれたのだろう、今は清潔な白い薄手の服を身にまとっていた。血色を取り戻した顔に、苦しみや痛みの色はない。穏やかな陽光の差し込む部屋の中、それはまるで完成された一枚の絵画のようだった。
アイリーン
枕元まで歩み寄り、膝をついてそっとその頭を撫でる。僅かに身じろぎをしたように見えた―気がしたが、それはケイの願望がもたらした錯覚だったのかも知れない。
今朝、何か、うわ言のようなことをおっしゃっていました
突然、すぐそばから、か細い声。ぎょっとして見やれば、ベッドの対面、静かに佇む女性の姿があった。