Выбрать главу

必然的に今、森に入っているのは、楽観的な素人ばかりだった。

ふーむ。エリドア、一つ質問なんだが、森に入ったきり帰ってこない探索者はどれほどいる?

えっ?

突然、水を向けられたエリドアが困惑の声を返す。

いや、……俺は把握できていない。なにせこの数だ。出入りも激しい

エリドアが外を示す。賑やかな探索者たちのテント村を。

こうしてケイたちが話している間にも、何組かの探索者たちが帰還し、それと入れ違うようにして森に入っていく者たちもいる。取引を終えて去っていく行商人もいれば、新しく村にやってくる商人もいる。今日、噂を聞きつけてやってきたごろつきが何人になるのか、把握している者は一人もいない。冒険者ギルドのような監督する組織があるわけでもなく、皆が好き勝手にやっているのだ。

ましてや誰が森に入り、誰が帰ってきたか、など―

なるほどな……

おおよそ、事態が把握できたケイは、顎を撫でながら唸った。

……何か、まずいのか? ケイ

エリドアは不安げに。

まずい、というか……。なあエリドア、俺は『“森大蜥蜴”が出た』って知らせを受けたときは、正直もう間に合わないかもしれない、って思ったんだ

……えっ?

いつ襲われてもおかしくはなかった。こんな魔力が薄い土地で、“森大蜥蜴”が体を維持するには、そこそこ魔力を持つ生物を食べなきゃいけない。その筆頭が人間だ

野生動物に比べると、人間は魔力を豊富に持つ。特に中年以降の個体ともなれば、下手な 深部(アビス) の獣より魔力は高い。

だが、それでもヴァーク村は無事だ。

人の味を覚えた怪物が、いつ匂いをたどって襲いにきてもおかしくなかったというのに。

命知らずの『冒険者』たちに感謝した方がいいな。彼らの犠牲でこの村は保ってるようなもんだ

おそらく―日に何組かが喰われている。

キリアンの言っていた『谷』の周辺が、狩場(キルゾーン)なのだ。

俺の予測では、その『谷』に”森大蜥蜴”は巣を作ったんだろう。あいつらは山や谷の斜面を掘って、ヨダレで壁を固めて巣穴にするんだ。派手に倒された木は、通った跡じゃなく、縄張りの主張。そして”森大蜥蜴”の得意技は―待ち伏せだ。巣穴の近くに身を潜めて、通りがかった獲物を確実に仕留めてるんだろう

この森は、人の手が入っていない原生林だ。草木が鬱蒼と生い茂り、視界も悪い。体長十メートルを超える化け物でも、じっと身じろぎしなければ姿を紛れさせられる茂みや地形の起伏は、いくらでもある。

また、先入観。獰猛な”森大蜥蜴”は、地響きを立てて獲物を追いかけ回す―そんな風に勘違いしている者も多いだろう。実際は気配を殺して身を潜め、ギリギリまで獲物が近づいたところで、初めてその俊敏さを発揮するのだ。

キリアンは、“森大蜥蜴”の『通った跡』を警戒し、近づきすらしなかった。だからおそらく、“森大蜥蜴”の確殺圏に入らずに済んだのだろう。

だが、これが素人だったら? ただのごろつきだったら? この期に及んで、怪物はもっと森の奥地にいると勘違いしている愚か者だったら―?

その末路は、言うまでもない。

今はまだ、巣の近くに『餌』が豊富にあるからいいが

問題は、この話が知れ渡った場合。

もしも探索者たちが森に入らなくなったら―餌が不足する

そうすれば”森大蜥蜴”は、どうするか。

匂いをたどって、まっすぐ来るぞ。この村に

ケイに告げられ、エリドアの顔が引きつった。

―“森大蜥蜴”に仲間たちが喰われた、という探索者が戻ってきたのは、それからしばらくしてのことだった。

93. 準備

前回のあらすじ

森大蜥蜴 この森当たりだわwww めっちゃ餌あるやんwww

―最初は誰も、そいつのことなんて気にも留めなかった。

森からフラフラと一人で彷徨い出てきた探索者。見るからにみすぼらしい格好で、ろくな装備もない。

大方、一攫千金を夢見てやってきた食い詰め者が、ロクな成果も上げられずに帰ってきただけ―

誰もがそう思った。

そいつが、探索者たちのキャンプにたどり着くなり、わんわんと子供のように泣き出すまでは。

お、おい、どうしたんだよ

見かねた他の探索者が声をかける。

近寄ってみれば、酷い匂いだった。その探索者の下半身は汚物まみれだった。よほど恐ろしい目にあったのか、失禁してもそれを気にする余裕もなく、必死で逃げてきたらしい。

……死んじまった。死んじまったんだよぅ

この世の終わりを見てきたような顔で、そいつは言った。

でけえトカゲに、みんな喰われちまった

†††

―で、こうなったと

翌日、すっかり人気のなくなったキャンプを眺めて、ケイは呟いた。

“森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)“が近場に出た、という噂はあっという間に広まった。まず、怖気づいた探索者が去り、そこそこ稼いでいて未練のない者がそれに続き、彼らの商品を買い取っていた商人たちも引き上げた。

残ったのは、それでも『森の恵み』を諦めきれない強欲者か、危機感に乏しい命知らずか、それ以外の理由で残った奇人・変人か。

さて、自分はどれだろう、などとケイは思う。

むしろまだ何人か残ってることに驚きだぜ

サーベルの鞘でトントンと肩を叩きながら、アイリーンが言った。

―へへっ。アッシのような物好きもおりやすからね

天幕の陰から声。傷だらけの禿頭をぺたりと撫でながら、キリアンがひょっこりと顔を出した。

あんた、残ってたのか

意外だった。

キリアンは、慎重に慎重を重ねた結果、“森大蜥蜴”の狩場(キルゾーン)に踏み込むことなく生き延びた、腕利きの探索者だ。リスク管理に優れているからこそ、真っ先に姿を消しているだろう、とケイは思っていたのだが。

歩く災害とも謳われる”森大蜥蜴”―その姿、一度は拝んでみたいと思っておりやして。アッシも、森歩きなぞを生業としている者でやすからねえ

昨日、“森大蜥蜴”の生態を事細かに解説され、自分も危ういところだったと知らされたときは青い顔をしていたのに、剛毅なことだ。

それに……旦那は、“森大蜥蜴(あれ)“を狩るつもりなのでしょう? アッシもお供させていただきたく

……ただの酔狂かもしれんぞ?

そりゃあ、他の連中なら鼻で笑うところですがね。旦那は話が別でさぁ

キリアンはニヤリと笑う。“大熊殺し”ならではの説得力といったところか。

それは光栄だな。実際、人手は欲しいと思ってたんだ

流石にケイも、アイリーンとマンデルだけを仲間に”森大蜥蜴”を狩り切れるとは思っていない。基本的には森から出てくる”森大蜥蜴”を迎撃する形を取るつもりだが、簡単な落とし穴―“森大蜥蜴”が蹴躓く程度の深さでいい―などを準備するために、人手を集めなければならなかった。