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ケイはシャドーボクシングをするように、ぐいんぐいんと首を振ってみせた。

頭を振りながら移動するから、命中させるのも至難の業でな

……ケイでも難しいのか?

ああ。走ってる最中は、とてもじゃないが狙って当てられん。人間と違って次にどう動くか読めないんだ。だから少しでも動きを鈍らせられるように、落とし穴を準備しているわけさ

なるほど、そういうことか

マンデルはふんふんと頷いて、表情を曇らせた。

このサイズか。……おれの腕では、止まっていても必中とはいかないな

自分も、手で十センチ大の円を作ってみながら、思案顔のマンデル。

なぁに、数撃ちゃ当たる!!

ロドルフォはなぜか胸を張っているが、それは自分に言い聞かせているようでもあった。

それで、ケイ殿! 俺は使い物になるかな!?

ああ、雇おう

なんだかんだで、この威勢の良さは気に入った。ケイ基準だと見劣りがするだけで、弓の腕前も及第点だ。“森大蜥蜴”を相手に目を狙ってやろうという気概も悪くない。

ありがたい! 全力を尽くさせてもらおう!

白い歯をキラッとさせて笑いながら、再び大仰に一礼するロドルフォ。

……まあ目潰しに関しては、当たったら儲けもの、くらいに思うといいさ。それに眼球から脳までの距離が遠くて、横合いから深く突き刺さらない限り、致命傷にはならないんだ

もちろんケイとしても積極的に狙うつもりだが、以前の”大熊”のように即死させるのは難しいだろう。魔法の矢が目にぶっ刺されば話は別かもしれないが―

旦那、それに関してはアッシに考えがあるんでさ

と、ここでキリアンが腰のポーチから黒い小さな壺を取り出す。クッションに包まれ、厳重に封がしてあるが……何やら物騒な気配だ。

……それは?

アッシ特製の毒でさぁ。猛毒のキノコ、毒ガエルと毒虫の汁、それに薬草と香辛料を混ぜてありやす

思った以上に物騒な代物だった。キリアンの森の知識の結晶。

肉を溶かす毒なんで、危なっかしくて普通の狩りには使えやせんが。“森大蜥蜴”が相手なら、と思いやして。流石に、これっぽっちの毒じゃデカブツは殺しきれんでしょうが、動きはかなり鈍くなると思いやすぜ

毒か……

魔法の矢は用意していたが、その発想は抜け落ちていた。

……旦那、毒はお嫌いで?

渋い顔をするケイに、キリアンが顔を曇らせる。こういった『道具』は人によって主義主張信条があり、トラブルの種になりかねないのだ。

いや、あまりいい思い出がないだけだ。使えるものは使うべきだと思う

ひょいと肩を竦めるケイ。

アッシは矢弾(ボルト)にこれを塗り込むつもりでやすが、こっちの坊(ぼん)にも使わせてやろうかと

おいおい、坊(ぼん)はよしてくれよ!

ロドルフォが苦笑している。だが、彼の速射と毒矢はなかなか相性がいいかもしれない。

旦那は、お使いになりやすか?

いや、俺はやめておこう。毒はそっちで使ってくれ

毒なんざ使わなくとも、旦那の強弓は威力充分でやすからね

ケイの”竜鱗通し”を見やり、眩しげに目を細めるキリアン。

そういえば、その強弓! “大熊”さえ一矢で射殺したと名高いが、ぜひその威力を見せてはもらえないか!?

ロドルフォが鼻息も荒く頼み込んでくる。

…………

その背後では、槍を回収して戻ってきたゴーダンが、目を輝かせていた。

あー……すまないな、本気で使うと矢がダメになってしまうんだ。今は一本でも温存しておきたい

期待に応えられず申し訳なく思いつつも、ケイは断る。“竜鱗通し”は全力で矢を放てば細木を折るほどの威力だが、代償として矢も砕けてしまう。“森大蜥蜴”を射殺すには、矢が何本あっても足りないほどだ。デモンストレーションのために無駄にするわけにはいかない。

そうか。それは確かに、そうだな!

…………

納得するロドルフォ、しゅんとするゴーダン。

代わりと言っちゃなんだが、引いてみるか?

おっ!! いいのか!?

……!!

喜ぶロドルフォ、元気を取り戻すゴーダン。

ケイは苦笑しながら、“竜鱗通し”を貸してやった。まあ、この二人なら変な扱いはしないだろう。

思ったより軽いな! ……って、なんて張りだコレは!?

……指が千切れそうだ

やはり、みな同じような反応をするもんだな。……かくいうおれもそうだった

やんややんやと騒ぐ二人に、マンデルが腕組みしたままうんうんと頷いていた。

ちなみに、キリアンも興味がありそうな顔をしていたが、年甲斐もなくはしゃぐのが恥ずかしかったのか、触らなかった。

ところでロドルフォ。渡しておきたいものがある

“竜鱗通し”体験会が落ち着いたところで、ケイは話を切り出す。

おお、なんだ?

魔法の矢だ

!? そんなものがあるのか!

ああ。友人の魔術師に作ってもらった。氷の精霊の力で、刺さった部分を凍りつかせる力がある

“森大蜥蜴”が寒さに弱く、体温を下げれば劇的に動きが鈍くなる、という旨の説明をしたケイは、腰の矢筒から”氷の矢”を抜き取ってみせた。鏃の留め具にブルートパーズがはめ込まれている、特殊な矢だ。

これが……!

魔法の矢……!

初めてお目にかかりやした

興味津々なロドルフォ、ゴーダン、キリアンの三人組。

ロドルフォ、お前にはコイツを持っていてもらいたい

いいのか!? 俺が!?

ああ。だがその前に使い方を教えよう

ケイは”氷の矢”を矢筒に戻し、代わりに普通の矢を抜いた。

これは普通の矢だが、とりあえず魔法の矢だと思ってくれ。魔法の矢は、放つ前に合言葉(キーワード)を唱える必要がある

ぐっ、と矢をつがえて引いてみせる。

この状態だ。放つ直前に、 オービーヌ と唱えろ。そうすることによって、矢に封じられた精霊の力が目覚める。そして矢が刺されば、氷の魔力が解き放たれるんだ

なるほど

ただし、一度精霊の力を目覚めさせると、もう矢筒には戻せない。絶対に命中させる必要がある。そして合言葉を唱えずに放つと、普通の矢と変わらない。絶対に合言葉を唱えるのを忘れるな。いいか。絶対にだ

な、なるほど……

ロドルフォはケイの気迫に圧されて引き気味だ。

とりあえず、2本渡しておく。 ロドルフォ、お前にこの2本を譲る

あ、ああ……わかった

その2本が自分のものであることを宣言してくれ

え? …… この魔法の矢は、俺のものだ

よし。それで所有権がお前に移った。お前がその矢をつがえて、合言葉を唱えると魔法の矢として機能する

ほほー……!

しげしげと鏃に埋め込まれた青い宝石を眺めていたロドルフォだったが、やがて大事そうに腰の矢筒にしまった。