ほほう!! 皆さん、お話を伺っても?
本人がいいと言うなら、もちろん構わないぞ
それではちょっと聞いてきます!
マントを翻して、ホアキンがダッと駆け出した。とりあえず一番手近なゴーダンに話を聞きに行ったようだ。
初めまして! あの、僕、吟遊詩人のホアキンっていうんですが―!
あ、ああ……
よろしければ、今回の大物狩りへの意気込みなど―!
そ、それは……その……
なぜ参加されようと思ったんですか!? 危険極まりない大物狩りに!
やはりケイの存在が大きい俺がケイを初めて知ったのは酒場で”大熊殺し”の噂を小耳に挟んだときだ最初は半信半疑だったがウルヴァーンで開催された武闘大会の射的部門を観戦していた俺は―
最初はしどろもどろだったが、突然早口で語り始めるゴーダン。ケイがいかに武勇に優れているか、賞賛の言葉が風に流れて聞こえてきて、ケイはひどくこっ恥ずかしい気持ちになった。
なるほど……! ケイさんの義勇に感化されたと……!
ホアキンは逐一相槌を打ちながら耳を傾け、 英雄への憧れ、実にいい……! などと呟きながらぱちぱち目を瞬いて空を見上げていた。
ゴーダンから話を聞き終えたホアキンは、マンデルやキリアンにも積極的に話しかけていく。キリアンはどうやらホアキンが苦手だったらしく、それを察したホアキンが早めに話を切り上げていた。逆に、マンデルとはケイの話題で盛り上がったようだ。
最後にロドルフォ。
初めまして! ホアキンです― ¿Eres del mar?
Sí! ¿Tú también?
ニカッ! と白い歯を輝かせて笑うロドルフォ。
どうやら二人とも”海原の民(エスパニャ)“の末裔のようだ。
Hola soy Rodolfo!
¡Oh, mucho mejor! Entonces, me gustaría saber por qué decidiste participar en esta cacería―
De hecho, me voy a casar con una mujer pronto … por eso necesito un poco de dinero…
何やら話が弾んでいる。ケイもスペイン語は少しかじっているのだが、流石にネイティブの速さというべきか、何を言っているかはさっぱりだった。ただ、ホアキンがこの狩りに参加した理由諸々を尋ねていることだけは、なんとなくわかった。
(登場人物たちのバックストーリー掘り下げに余念がないな……)
これまで色々と付き合いのあったホアキンだが、ケイは彼の本質を完全には理解できていなかったようだ。
骨の髄まで吟遊詩人。まさか、ここまで徹底していたとは―
―ん
アイリーンがぴくりと森を見やった。
―静かだ。
いつの間にか。
鳥たちのさえずりも、何も聞こえない。
全てが息を潜めている。
まるで、何か、とてつもなく巨大な脅威を。
やり過ごそうとしているかのように―
メェ~~~!
メ~~~~ェ!
メェ~~~~!
繋がれた山羊たちが、狂ったように騒ぎ出した。首に巻かれたロープを引き千切る勢いで、必死に逃げ出そうとしている。つんざくような悲惨な鳴き声に、止まっていた時が再び動き出す。
退避!
ケイが短く叫ぶと、固まっていた村人や人足たちが、一目散に逃げ出した。
合言葉!
! オービーヌ !
オービーヌ ッ!
マンデルとロドルフォが叫び返す。
ホアキン、お前も戻れ!
ケイに命じられ、ホアキンが弾かれたように走り出す。チラチラと背後を振り返りながら。こんなときまで、“森大蜥蜴”の登場を見逃すまいとするかのように。
だが、もはや吟遊詩人に居場所はない。
舞台に立つ役者は―
ケイたちだ。
ズンッ、と森の奥で何かが動いた。
木々が、茂みが、ざわめく。
―ぬるり、と。
木々の隙間を縫うように、青緑の巨体が姿を現した。
でけえ……
呆れたようなゴーダンの呟き。
グルルル……と遠雷のような音が響く。
それは地を這う竜の唸り声だった。
チロチロ、と細長い舌を出し入れしながら、“森大蜥蜴”が睨めつける。
いや、ただ餌の場所を確認しただけだ。
とりあえず手近なお(・)や(・)つ(・)にかじりつく。
メェ~~~~!
最期まで悲惨に、そして呆気なく。
パキッ、ポキッと捕食されていく。
ケイはその隙に、サスケに飛び乗った。
“竜鱗通し”を構える。“氷の矢”を引き抜く。
来るぞッ! 予定通りありったけ矢をブチ込め!
そして弦を引き絞り―
ズズンッ、と再び森が揺れた。
―は?
誰かの、呆気に取られたような声。
眼前の”森大蜥蜴”の背後に―揺らめく影。
ぬるり、と。
木々の隙間を縫うようにして、《《もうひとつ》》巨体が這い出してきた。
隣り合った二頭の竜は、お互いの頭を擦り付けるようにして。
ゴロゴロゴロ……と遠雷のような唸り声。
―愛情表現の一種。
ケイの知識が、場違いなまでに冷静に、それが何かを告げてくる。
つがい……?
冗談だろ……というアイリーンのつぶやきが、やけに大きく響いた。
そして存分に、仲睦まじさを見せつけた二頭の竜は。
グルルル……
だらだらと口の端から涎を垂れ流し。
―ルルロロロロォァァァ―!!
ケイたちに狙いを定め、咆哮する。
―ここに、伝説の狩りが幕を開けた。
96. 死線
―無理だ。
地響きを立てて迫る二頭の巨竜に、ゴーダンはすくみ上がった。
常人が心折れるには、充分すぎる光景だった。
グルロロロロォォ―ォ!!
雷鳴のごとき咆哮に打ちのめされ、身体が強張って動かない。
はるか格上の捕食者を前に本能が告げる。
―なりふり構わず逃げ出せ、と。
う、ぁ……
息が詰まる。腰が引ける。後ずさる。
Aubine !
だがそこで、凛とした声が響いた。
思わず振り返る。
ケイだ。
馬上で朱(あか)い複合弓を構え、ぎりぎりと弦を引き絞っている。“氷の矢”に込められた精霊の力が目覚め、青い光が溢れ出していた。
―解き放つ。
カァン! と唐竹を割るような快音。かつて武闘大会で、ゴーダンを魅了したあの音が高らかに響き渡った。
青き燐光を散らす、一条の流星と化した魔法の矢―それは吸い込まれるように”森大蜥蜴”の鼻先へと突き立った。
グルロロロロォ―ッ!?
予期せぬ痛みにたじろぐ”森大蜥蜴”。矢を中心に、青緑の皮膚にパキパキと霜が降りていく。凍傷の激痛もさることながら、冷気がピット器官を麻痺させる。これで熱探知の能力も使い物にならない。
Aubine !
すかさず二の矢をつがえるケイ。狙うはもう一頭の”森大蜥蜴”。最初の個体より小柄だ、おそらくこちらが雌か。
快音再び。
青き流星が空を穿つ。
雌竜の前脚に氷の矢が突き立ち、凍傷で動きを鈍らせた。
効くぞ! 魔法の矢は!