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ケイが叫ぶ。

たったの二射で巨大な怪物の突進を止めた、稀代の英雄が。

臆するな! 確かに手間は増えたが―

少し強張った顔で、それでもニヤリと笑ってみせる。

―その分、名誉も報酬も二倍だ! 狩るぞッ!!

つがえる魔法の矢。

Aubine ッ!

まるで流星群のように、青く煌めく矢の雨が降り注ぐ。

グルロロロロロロォ―ッ!!

顔が、脚が、穿たれ凍てつく痛みに、“森大蜥蜴”たちがじりじりと後退る。

……行けるぞ!

うおおおおッ!

マンデルとロドルフォも”氷の矢”をつがえ、 オービーヌ! と合言葉(キーワード)を叫び、次々に放った。

青い光を灯した矢が”森大蜥蜴”の横腹に突き刺さり、凍りつかせていく。

さらにキリアンもクロスボウを構え、毒の矢弾(ボルト)を打ち込んでいた。

(そうか……俺も……)

ゴーダンは、気づく。

己もまた、英雄譚の一員であることに。

(このまま……何もせずに……)

―終われるものか。

背中に担いだ槍を引き抜く。

震える手で投槍器(アトラトル)を構える。

おお―

臆するな。

おおおおッ!!

狙え、そして穿て。

おおおおおおお―ッッ!

雄叫びを上げたゴーダンは、投槍器(アトラトル)を握る手に力を込める。

踏み込む。

全身をバネにして、持てる力を注ぎ込む。

ぶぉん、と投槍器(アトラトル)が唸りを上げた。

美しい放物線を描いた投槍は、無防備な”森大蜥蜴”の横腹に食らいつく。

そしてキリアン特製の毒をたっぷりと塗り込んだ穂先は、青緑の皮膚に深々と突き刺さるのだった。

†††

グルロロロロロロォ―ッ!?

横腹に槍がぶっ刺さり、絶叫する”森大蜥蜴”。大柄な体格から、おそらくこちらが雄の個体だろう。

いいぞ、ゴーダン!

横合いから痛撃をお見舞いしたゴーダンに、ケイは快哉を叫ぶ。

“氷の矢”の大盤振る舞いで”森大蜥蜴”たちがたじろぎ、突進を止められたのは幸いだった。お陰で戦線が―そう呼べるかは、人数が少なすぎて疑問だが―かろうじて維持されている。ここでゴーダンたちに逃げられたら、勝ち目がさらに薄くなるところだった。

(―しかし、まずいな)

その実、状況は芳しくなかった。

『矢継ぎ早』とはまさにこのこと。“森大蜥蜴”の目を狙って次々に矢を放ちながらも、ケイは冷めた思考で戦局を俯瞰している。

まず、想定よりも多く”氷の矢”を浪(・)費(・)してしまった。ケイは正面から、“森大蜥蜴”の顔面や脚部に命中させたが、あれは本来、アイリーンが注意を引いている間に横合いから胴体に打ち込むべきものだった。

そうすることでより効率的に体温を下げ、機動力を奪う狙いがあったのだ。

翻って顔面は効果が薄い。“森大蜥蜴”の頭蓋骨は分厚く、皮膚の下にもウロコ状の『骨状組織の鎧』があるため非常に堅牢で、ほとんどダメージが通らないのだ。それこそ目や、額に一箇所だけ存在する光感細胞が密集した部分―通称『第三の目』―を狙わない限りは。

そして今こそ、未知の痛みで”森大蜥蜴”たちも怯んでくれているが、まもなくそれは狂気的な怒りで塗り潰され、多少の痛みは歯牙にかけなくなるだろう。ゲーム時代から身にしみている”森大蜥蜴”の習性、一度(ひとたび)怒りに火が付けば、文字通り死ぬまで止まらない。

そう、ケイたちは”森大蜥蜴”を『圧(お)して』いるように見えるが、実際は、ただ”森大蜥蜴”が こんな痛み知らない! とビビっているだけなのだ。生命に関わるような打撃は与えられていない。それこそゴーダンが腹にぶっ刺した槍くらいのものか。

あの大型トラックのような巨体が『暴走』すれば―いったい、何人が犠牲になることか。

ちら、と果敢に攻撃を続けるゴーダンたちを見やる。

マンデルとロドルフォは”氷の矢”を使い果たし、今は普通の矢で顔に集中砲火を浴びせている。キリアンはクロスボウでの狙撃。同じく目を狙っているようだ。だが、上下左右に動き回る頭部で、さらに小さな目を射抜くのは容易ではなく、よしんば目の付近に命中しても、強靭な皮膚と頭蓋骨で弾かれる矢がほとんどだった。

ゴーダンはキリアンから毒壺の一つを借り受け、追加で穂先に塗布しているようだ。毒でてらてらと輝く槍を構え、慎重に投げるタイミングを見計らっている。矢と違って槍は残りの本数が少ない。

皆、必死だ。

犠牲は、抑えなければ。

―そのために最善を尽くす。

アイリーン!

矢を放ちながら、ケイはその名を呼んだ。

―小さい方の気を引いてくれ! デカいのは俺が引き受ける!

オーライ! 任せろ!

威勢よく答え、アイリーンが地を蹴った。

右手にサーベルを。左手に鞘を。それぞれ握って風のように駆ける。

オラッ、こっちだクソトカゲ!

そして、左手の鞘には大きなスカーフがくくりつけられていた。雌竜の前で派手に飛び跳ねながら、鞘を振り回すアイリーン。その姿はさながら闘牛士、ひらひらとたなびくスカーフが、否が応でも注意を引きつける。

ほれほれ! どうしたどうした!

それだけでは飽き足らず、無謀にも眼前で立ち止まりさらに挑発するアイリーン。右手のサーベルを日差しにかざし、太陽光を反射させる。

目の辺りにチカチカと、眩い光―

グロロロ……と喉を鳴らした雌竜が突如、グワッと大口を開けて喰らいついた。

なっ……

思わず、マンデルたちの攻撃の手も止まる。これまでのゆったりとした動きからは想像もつかないほど、俊敏な、目にも留まらぬ一撃。

よっ、と

しかし、アイリーンはそれを上回る機敏さで回避。どころか、ビシュッ、と右手のサーベルを閃かせ、チロチロと空気の匂いを嗅ぐ舌先を斬り飛ばした。

どちゃっ、と地に落ちたピンク色の舌が、蛇のようにのたうち回る。

グルロロォォォ―ッ!!

鋭い痛みに仰け反る雌竜。その目に、明らかに、狂気の光が宿った。頭から尻尾の先にまで、力がみなぎる。巨体が何倍にも膨れ上がるかのような錯覚。

―ロロロロガアアァァァァァッッ!!

咆哮。絶叫。空気がびりびりと震える。

そして猛進。土を蹴散らしながら、狂える竜がアイリーンに肉薄する。

―ッ!

ここに来て余裕はなく、アイリーンが全力で走り出す。追いつかれれば轢殺必至、命がけの鬼ごっこが始まった。

グロロ……

暴走し始めた雌竜につられ、雄竜もまた頭を巡らせる。

が、その右目の真下に、ズビシッと矢が突き立った。

おおっと、お前の相手は俺だ!

ケイは手綱を引く。サスケが後ろ足で立ち、いななきを上げた。

お互いカップル同士、仲良くやろうじゃないか! なあ!