デカいとはいえ所詮トカゲの脳みそ、ケイの言葉など理解できないだろう。
ただし―それが挑発であることだけは、伝わったに違いない。
グルロロロロ……
ケイを、そしてサスケを睨み、口の端から涎を垂れ流して、雄竜が唸る。すかさず目を狙ってケイが矢を放つも、即座に首を傾けた雄竜は側頭部で弾(・)い(・)た(・)。
ああ―こいつも確かに 深部(アビス) の怪物だ、と。
思わず舌打ちするケイ。ただでさえ上下左右に動いて狙いづらいのに、回避までされては―
―ロロログァアアアァァァァッッ!
そしてこちらもとうとう、怒りに火がついた。全身の筋肉を隆起させた雄竜が、狂ったように吼えたけりながら、猛烈な勢いで突進してくる。
サスケ!
ケイの叫びに応え、サスケが駆け始めた。振り向きざまに矢を放つ。ほとんど牽制にしかならないが、今は注意を引きつけることが重要だ。
雄竜のはるか後方では、アイリーンが円を描くようにして立ち回りながら、雌竜の攻撃を躱し続けているのが見える。噛みつきだけでなく、尻尾の薙ぎ払いや爪の一撃まで、当たれば即死の攻撃を紙一重で避けている。
ケイは、ぎゅっと胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。
だが―今―この状況で―こんな感情をどうしろというのだ。
せめて援護を。ケイは、残数が心許なくなってきた”氷の矢”を、ためらいなく引き抜く。
揺れる馬上、それでも風を読み、慎重に狙いをつけ、
Aubine !
一条の青き閃光が、雄竜を飛び越えて空を切り裂いた。アイリーンを追う雌竜の横腹、前脚の付け根部分に見事着弾する。
アイリーンがちらりとこちらを見た。 ナイス とその口が動く。痛みからではなく、筋肉の収縮が阻害され、動きの鈍った雌竜を前に小休止。アイリーンはぜえぜえと肩で息をしていた。化け物を相手に鬼ごっこ。彼女の体力も無限ではない。
―一刻も早く、こちらを仕留める。
そらそら、どうしたァ!
続けざまに雄竜の顔面に矢の雨を見舞う。ぶおんぶおんと頭を振る雄竜、頭蓋骨と皮膚に阻まれ弾かれる矢。
雄竜に追いすがるようにして、マンデルたちが後方から矢を射掛けているが、効果抜群とは言えなさそうだ。ただでさえ強靭な皮膚を持つのに、遠ざかっているようでは相対的に矢の威力も減衰してしまう。
どうするか。一瞬、考えを巡らせたケイは、
―マンデル!
緩やかに、弧を描くようにサスケを走らせながら、“竜鱗通し”を構える。
お前にこれを譲る ! 受け取れ!
軽く弦を引き、カヒュカヒュッと続けざまに矢を放った。
突然、射掛けられたマンデルがギョッとして立ち止まる。その足元にトストスッと突き立つ矢。ハッとして引き抜けば、鏃部分に青い宝石が輝く。
“氷の矢”だ。
確かに受け取った! ……これはおれの矢だ!
マンデルは即座に意図を汲んだ。宣言するなり、“氷の矢”をつがえる。
オービーヌ !
ケイを追って側面を見せる”森大蜥蜴”へ、二連射。精確な射撃で見事、“氷の矢”を命中させる。その隣で、自分には何もなかったことにロドルフォが一瞬悔しげな表情を見せたが、気を取り直して援護射撃を続けた。
グロロロロォォ―ッッ!
胴体を二箇所、さらに凍てつかされ雄竜が咆哮する。本来ならば冷気で動きが鈍るところ、むしろ怒りを燃やしてさらに突進の勢いを増す雄竜。
だが、今はそれでもいい。
激しく揺れる馬上で、ケイは獰猛に笑う。
今やオリンピックの馬術競技のように、サスケは複雑な動きで蛇行している。
―周囲が『旗』だらけだからだ。
狙い通り、このエリアに誘い込むことができた。
果たして、怒り狂う”森大蜥蜴”は、不自然な木の枝や旗に一切頓着することなく、そのまま最高速で突っ込んでくる。
―グロロガァッ!?
太い前脚で落とし穴を踏み抜き、素っ頓狂な声を上げる雄竜。
四脚ゆえに転びはしないが、顔からつんのめるようにして地面に腹を擦り、盛大に土砂を撒き散らして速度を失う。
―今だ! サスケ!
サスケの腹を蹴り、全力で駆けさせる。慌てる雄竜が体勢を立て直す前に、側面へ回り込む。矢筒から引き抜いたのは、かつて”大熊”を一撃で絶命させた必殺の一矢、青い矢羽の『長矢』―
ケイの肩の筋肉が盛り上がる。“竜鱗通し”の弦を、耳元まで引き絞る。
一点、“森大蜥蜴”の胸元を睨んだ。肺と心臓と大動脈、重要な器官が全て一直線に並ぶ、その箇所を―
―喰らえ
カァンッ! と一際大きく響き渡る快音。
銀色の閃光が、雄竜の胸に突き刺さる。深く、深く―
が、突然、バキャッという音とともに矢が砕け散った。雄竜の胸部の肉が波(・)打(・)っ(・)た(・)ようにも見える。
―肋骨か!
分厚い皮膚と筋肉の下、肋骨にぶち当たったらしい。心臓は撃ち抜けなかったが、音からして骨はへし折れたはず。破片が肺に刺されば、いかに”森大蜥蜴”といえどもただでは済まされない。
……援護を!
さらに、マンデルたちも追撃する。ロドルフォが連射し、キリアンが狙撃し、ゴーダンが毒を塗りたくった投槍を見舞う。
Siv !
ケイも自前の魔法の矢を取り出した。エメラルドがはめ込まれた”爆裂矢”―爆発の威力はそれなりで名前負けもいいとこだが、体内に食い込んだ鏃が破裂すれば相応の出血を強いられる。
それを、連続して打ち込む。
風をまとった矢が胴体に潜り込み、バンッバァンッ! と炸裂する。大きく開いた傷口から血肉が飛び散り、雄竜が絶叫した。
いいぞ! 畳みかけろ!
続いて、サスケの鞍にくくりつけた大型の矢筒から、筒状に穴が空いた太矢を取り出す。木工職人のモンタンが趣味で開発した、対大型獣用の出血矢だ。
コヒュンッ! と独特の音を立てて飛んだ出血矢が、青緑の肌を食い破って突き刺さる。矢尻の穴から、まるで蛇口のように、どぽっどぽっと鮮血が溢れ出した。“森大蜥蜴”の図体に比べればささやかな量、しかし確実に命を削り取る出血―
うおおおおお―ッッ!
ゴーダンが再び槍を投じる。三本目だ。首付近に突き立ち、肉を溶かす毒が筋肉を痙攣させる。
グルロロロアァァァ……ッ
流石に堪えたか、これまでより情けない声で鳴く雄竜。先ほどマンデルに打ち込まれた”氷の矢”もボディーブローのように効いてきたらしく、動きにキレがない。
このまま仕留められる―
ケイたちはさらに攻勢を強める。
が。
―ッッ!!
その瞬間、筆舌に尽くしがたい爆音が耳朶を打った。
くらっ、と目眩に襲われて、少ししてから、その正体に気づく。
咆哮だ。
見れば、アイリーンが引きつけていたはずの雌竜が、凄まじい勢いでこちらに向かってきている。伴侶が危機に陥っていることに気づき、血相を変えて駆けつけようとしているのだ。