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……で、実際のとこ、どうなんだ

“森大蜥蜴”が出たのは確かのようですが

ヴァーク村の連中も気の毒にな。真面目に開拓してたのに

深部(アビス) の領域が移動してきてたんだろ? 遅かれ早かれじゃないか

深部 の話題ともなると、自然、声を潜めて話し合う。不思議なもので、コソコソ話されると何が何でも聞きたくなってしまい、ジェイミーはテーブルの頑固な汚れを取るふりをして注意深く耳を傾けた。

二頭や三頭ってのは尾ひれがついたか

本当だったら、今頃もっと大騒ぎになってるさ

しかし、二頭まとめて討伐されたって小耳に挟みましたよ

それこそまさかだ、まだ軍は動いてないだろ?

でもコーンウェル商会が大規模な商隊を送り出してるんですよ、南の方に

若手の行商人の言葉を、皆が黙り込んで吟味した。

確かに、革職人ギルドも今日は忙しそうにしてたな……

旅人風の男があごひげを撫でながら唸る。

しかし……誰がどうやって討伐したんだ?

自分が聞いたところによると―どうも”大熊殺し”が動いたとか

“大熊殺し”! あの武闘大会の奴か

―えっ、ケイのこと?

思わず口を挟んでしまうジェイミーに、男たちは一瞬びっくりしたような顔をしたが、美人のウェイトレスが興味を示したとあって嫌な顔はしなかった。

そうそう、“公国一の狩人”のケイさ

嬢ちゃんも『ファン』なのかい?

からかうように尋ねられたので、ジェイミーは心外だとばかりに、

ファンも何も、顔見知りよ。“HungedBug(ウチ)“にしばらく泊まってたんだもの

そう答えると、男たちは へえ! と興味深げに身を乗り出した。

どんな奴だったんだ?

ものすごい大男らしいじゃないか

本当に大熊を一撃でぶっ倒すような弓使いなのか?

そうねぇ……

問われて、ジェイミーははたと気づく。なんだかんだで、ケイが弓を扱う姿を直接見たことがないことに。実はあれだけ話題の武闘大会でさえ、当日は宿屋で忙しく働いていて観戦どころではなかったのだ。

―わたしの人生って……

ど、どうしたんだ嬢ちゃん、急に死んだ魚みたいな目をして……

いや……いいの。そうね。ケイは確かに大柄だったわ。わたしより20cmくらい大きかったかしら? でも、『ものすごい大男』ってほどでもないわね、義父さんの知り合いでもっと大きい人見たことあるし

ジェイミーは女にしては背の高い方なので、それほどケイが『でかい』とは思わなかったこともある。

弓の威力はよく知らないんだけど、腕のいい弓使いなんだなぁ、とはいつも思ってたわ。フラッと出かけていったと思ったら、草原で兎を何羽も仕留めて戻ってきて、明日の飯にでも使ってくれ~なんて言ってくることもザラにあったし

ほほー。そんなに長いことココに泊まってたのか?

そうねー2ヶ月くらい?

長いな。その間、ずっと何してたんだ?

問われて思い浮かんだ光景は―

『おっ、アイリーン、このサラミ美味いぞ。ほれ』

『あーむ』

『うおッ直接食うやつがあるか!』

『んー! 香草が効いてんな。こっちのチーズも絶品だぞ』

『あ、あー……ちょ、ちょっと恥ずかしいなコレ』

『ケイが先にやってきたんだろー! ほら食え食え!』

『あ、あーん……』

所構わず―恋人と仲睦まじく―

クッ―っ!!

どっどうしたんだ急に嬢ちゃん、唇から血が出てるぞ……!?

い、いえ……いいの。そうね。武闘大会で優勝してから、ずっと図書館に通って調べ物してたみたい

図書館んぅ?

男たちは顔を見合わせた。

図書館っつーと……第一城壁の向こうにあるとかいう、アレ?

そそ

たしか入館料がすごく高かった気がするんですが……金貨とか……

あー、それくらいするって言ってたわねー

ひぇぇ、想像もつかねえ

狩人が図書館に何の用があるんだよ……

そんな金をかけて何を調べてたんだ?

なんか伝承とかを調べてるって言ってたわねー

伝承……? と再び顔を見合わせて、さらに困惑する男たち。

なんだってそんなものを……

そんな高い金を払ってまで……

っていうか、狩人なんだよな……?

ケイって、なんか違う大陸? から来たんだって。精霊様のいたずらか何かで迷い込んじゃったんだってさ。それで『故郷に帰る方法を探してる』って言ってた。結局見つからなかった、というか、『遠すぎて帰れないことがわかった』らしいけど―

おおい、ジェイミー!

と、厨房の方からダミ声が―養父デリックの声が聞こえてきた。

いつまでも喋ってないで、早く運んでくれ!

あっ、はーい。それじゃ

―このままくっちゃべっていたら確実に雷が落ちる。そう判断したジェイミーは速やかに離脱し、仕事に舞い戻った。

はぁ~いお待たせ、エールと蒸留酒と、兎肉のシチューね~

あくせく皿を運びながら、ふと思う。ケイは今頃どうしているのだろうと。

“森大蜥蜴”狩りに動いた―とのことだが、“大熊”を一撃で撃ち倒したというケイならば確かに、伝説の地竜でも狩れてしまうかもしれない。

(きっと、すごく儲かるんだろうなぁ……)

“大熊”の毛皮が売れて、ずいぶんと羽振りが良かった。きっと”森大蜥蜴”狩りでも巨万の富を得るのだろう。自分が迫ったときは満更でもなさそうだったし、デリックもケイ相手ならとやかく言わないだろう―あの恋人の女さえいなければ―

はぁ……

溜息をついた。『もしも』を思い描いても虚しいだけ。

いい男、いないかなぁ……

ジェイミーの呟きは、酒場の喧騒に紛れて消えていく―

†††

ヴァーク村。

“森大蜥蜴”の討伐・解体後、落ち着きを取り戻したかのように見えた開拓村だが、噂を聞きつけた旅人や吟遊詩人らが押し寄せ、逃げていた探索者たちもまた森に入るようになり、彼らを相手に商売する商人たちまで戻ってきた。

さらには、避難していた村の女子供が帰ってきたことも重なって、以前より遥かに混沌とした様相を呈している。村を取り囲むように色とりどりの天幕が張り巡らされ、もはや開拓村というよりは小さな町といった規模になりつつあった。

そんな村の片隅で、村長宅を間借りしている男がいた。

ホアキンだ。

吟遊詩人として誰よりも先に駆けつけたこの男は、伝説を見逃し絶望する同業者らを尻目に、今回の英雄譚をいかにして一曲にまとめるか―羽根ペンを片手に毎日唸っていた。すでに主役たるケイたちはサティナへと帰還しているのだが、伝説の熱気が冷めやらぬうちに、この伝説の地で、伝説の英雄譚を仕上げてしまうべきだと判断し、村に残ったのだ。