うぅーむ……
始まりのフレーズ、曲調、登場人物たちの活躍―それぞれ詰め込みたい要素が多すぎる。普通、こういった英雄譚は事実を『少しばかり』脚色するのが常だが、今回の一件に関してはその必要が一切なかった。自身が目撃した全てを観客にそのまま伝えたいくらいだ。
むむぅ……
参考がてら、かたわらのメモ用紙に目を落とす。討伐後の、登場人物たちへのインタビュー集だ。ぱらぱらとめくる。
***
―マンデルさん、どのような心境ですか
『ひとまず、一息ついた。……無事に終えられてホッとしている』
―ケイさんをここぞというところでアシストされていましたね
『活躍らしい活躍なんてものはなかったが、最善は尽くしたと思う』
―今、何かしたいことはありますか
『……家で帰りを待つ娘たちに早く会いたい』
―今回の狩りをまとめるならば
『おれの人生において、最も困難で、輝かしい一日だった』
―またケイさんから助太刀を頼まれたら、どうしますか
『…………最善は尽くすが、今回の一件で身の丈というものを思い知った。この村に平和が訪れることを祈る』
***
―キリアンさん、お疲れのようですね
『ああ……へへ、そうかもしれやせん。疲れやしたね』
―今、何かしたいことはありますか
『特には。ただゆっくり酒でも呑みたい』
―今後はどうなさるおつもりですか
『アッシは、故郷へ帰ろうかと。森歩きは引退……しやしょうかね。恥ずかしい話、ちょっと森に入るのが怖くなってしまいやして』
―故郷、ですか
『もう何年も……何十年も帰っていやせん。捨てたものと思ってやしたが―幸い、報酬はたっぷりいただきやしたし、静かに暮らそうと思いやす』
***
―ゴーダンさん、今どんなお気持ちですか?
『まだ……夢でも見ているみたいだ。生きていることが信じられない』
―あの投槍、見事でした。大活躍でしたね
『風の大精霊のお導きがあればこそ。自分の実力ではない』
―今回の狩りをまとめるならば
『ケイとともに戦えたことを、誇りに思う』
―もしまた助太刀を頼まれたら
『絶対に参加する』
***
―ロドルフォさん、やりましたね
『ああ、何とかな! 生きて帰ってこれて良かったさ!』
―今、どんな心境ですか
『概ね満足だな! 力及ばず歯痒い思いもしたが、最後に役に立ててよかった。自分のベストは尽くしたと思う!』
―これから、何かしたいことはありますか
『実は……女を一人、待たせていてな。近々結婚を申し込もうとしてたんだ。今回の大物狩りのおかげでいい土産話ができた。報酬で資金も用立てられたし、いいことづくめさ!』
―おめでとうございます
『ありがとう! ありがとう!!』
―それで、結婚されるのはどんな方なんです
『うむ! サンドラという名前でな、出会ったのは二年前で―』
***
うーん、ロドルフォに関係ないこと聞きすぎたな……
その後、ロドルフォの惚気話が延々と続くメモを傍らに置いて、ホアキンは溜息をつく。同じ海原の民(エスパニャ)のよしみで、ついつい話が弾んでしまった。
掘り下げといっても限度があるしなぁ……
考えすぎで頭から湯気が出そうだ。間借りしている部屋、小さなベッドに寝転がって頭を冷やそうとする。
もっといいものを作れるはずだ……後世まで歌い継がれるような名曲を……
そして完成した暁には、アイリーンに魔道具を注文し、曲と影絵の相乗効果で一世を風靡するのだ―
う~ん……
吟遊詩人はひとり思い悩む。
頭の熱は、当分下がりそうにない―
†††
一方その頃、ウルヴァーン北部のとある宿場街。
ランプの明かりが揺れる宿屋の一室で、静かに商談が進められていた。
本日はご足労いただきありがとうございます
『いやいや、こちらこそ』
一人は身なりの良い、緊張気味の中年男。そして対面、ローテーブルを挟んで―椅子の背に止まっているのは、一羽の鴉だ。
契約条件に関してですが、事前にお送りした書簡通り―
『ああ、訳は確認したよ。特に問題はなかったと思う』
それは何よりです。念の為、口頭でも確認させていただきたく
『お願いしよう』
男は公国語を、鴉は雪原語(ルスキ)を操っているが、コミュニケーションに不自由はない。テーブルに置かれた水晶のペンダントから影の手が伸び、壁に影絵の文字を描いてそれぞれの言語を翻訳しているからだ。
『いやはや、これは本当に便利だな!』
改めて感嘆の声を上げる鴉。その名を『ヴァシリー=ソロコフ』という。雪原の民の告死鳥(プラーグ)の魔術師だ。ちなみに本体ではなく、使い魔の一羽に憑依している。
同感です
しみじみとした顔で頷く身なりのいい男は、コーンウェル商会の商人。今日、ヴァシリーといくつかの契約を結ぶために、この宿場街に派遣されてきていた。ヴァシリーの住む緩衝都市ディランニレンと、ウルヴァーンの中間地点が選ばれた形だ。
おかげでこうして、良いご縁をいただけましたし
『全くだね』
朗らかに笑い合う二人。しかし、実はヴァシリーは、コーンウェル商会そのものは割とどうでもよく思っている。現在所属しているガブリロフ商会だけでも、研究費は充分に賄えているからだ。
コーンウェル商会の伝手で、北の大地には生息しない珍しい鳥が手に入るかもしれない―とは期待しているものの、それはあくまでおまけに過ぎない。ヴァシリーの目的は、コーンウェル商会にパイプを繋いでおくことで、アイリーンと定期的に連絡を取ることにあった。
(『全く、大した技術力だ……これほどの魔道具をいともたやすく完成させてしまうとはね』)
商人の言葉に相槌を打ちながら、翻訳の魔道具に視線を落とすヴァシリー。
(『まだ若いというのに……流石に嫉妬してしまいそうだ』)
以前、『茶会』で話し合ったときもそうだったが、アイリーンとその連れのケイが保持している魔術の知識は、かなり洗練されている。それを少しでも吸収したい―自らの研究にも取り込んでいきたい。同じ商会に所属して接点を設ければ、また魔術談義もできるかもしれない。そんな知的好奇心と、貪欲な探究心が、この度の契約につながった。
―というわけで、いかがでしょうか
『ああ、うん。私としては問題ない』
ありがとうございます。では―
『―しかし、ひとつ疑問があるんだが…… 契約者は、死傷の危険性がある狩猟やその他のイベントに、自発的には参加しないよう努力する 、この条文は本当に必要なのかね……?』
あ、ああ、それですか
ヴァシリーの指摘に、商人は苦笑い。