吐かなかったのは、顔色を悪くしたダニーと、同じく気分の悪そうなクローネン、そしてこんな状況下でもいつも通りに見えるマンデルだ。
ケイ、
マンデルが静かに、ケイを見やる。
次からは、もう少し上品に殺した方がいい。……その方が、片付けが楽だ
そしてケイの返事は待たずに、手近の比較的損壊の少ない死体に近寄って、躊躇うことなく遺品を漁り始めた。
…………
クローネンが黙ってそれに続き、ダニーは おい、お前らしっかりせんか! と声を張り上げて他の村人たちを叱咤する。
……ああ
低い声で答えたケイは、静かにサスケから降り、誰も手をつけようとしない、一番悲惨な状態の遺体に近づいた。罪や責任といった、様々な言葉や考え方はあるが、少なくとも事実そのものはこういった形で付いて回るのだろう―。
むせ返るような血臭に辟易としながらも、ふとこちらを見守る鳥たちを見やり、皮肉げに口の端を吊り上げる。立つ鳥跡を濁さず、とはよく言ったものだ。
その後、ケイたちはその手をどす黒く汚し、革鎧や剣などの武具、指輪などの装飾品、そして銅貨銀貨を回収した。空き地の端に小さな穴を掘り、四人ともまとめて埋葬する。
ケイはもとより村人たちも、疲れ果てて既にげっそりとしていたが、残念ながらこれで終わりではなかった。案内のケイを先頭に、今度は西へと突き進む。
第二の現場へと到着した。こちらの死体は空き地のそれに比べると、まだマシな状態だった。のろのろと村人たちが作業に取り掛かる中、サスケの手綱を引いたケイはゆっくりと『それ』に歩み寄る。
―酷い有様だ。たった一晩が経っただけなのに、見事な毛並み、逞しい筋肉、それらの見る影もなかった。
胴体に受けた矢傷を起点にして、はらわたを食い破られている。皮肉なのは、残っていた毒にやられたのか、その周囲で鳥や小動物が死んでいることだ。
近づいてみれば、腐植土から這い出た無数の虫が、蠢きながら体内の肉に群がっているのが見える。額当てのおかげで顔面の損傷がそれほどでもないのが、唯一の救いか。
すまん
すっかり冷たくなってしまった鼻づらを撫でながら、ケイは呟いた。
すまん、ミカヅキ。昨日は、……助けてくれてありがとう
昨夜の、最期の力を振り絞ったミカヅキの援護がなければ、この場で骸を晒していたのはケイの方だったかもしれない。改めて申し訳なさと、感謝の想いが募る。
ぶるる、と。
ケイの横で鼻を鳴らしたサスケが首を傾げ、鼻先でつんつんと横たわる亡骸をつつく。
目を閉じ、しばしの黙祷を捧げたケイは、ぽんぽん、とサスケの首筋を優しく叩いてから さて、 と立ち上がった。
ミカヅキの世話もしたいところだが、盗賊達から剥ぎ取りもせねばなるまい。自分だけは愛馬の死を嘆き、後は他人任せというわけにもいかないだろう。
だが静かな気持ちで目を転じたところで、頭をざくろのように弾けさせた死体が視界に入り、思い出したように吐き気がぶり返した。
……うッ
歯を食い縛る。意地でも、吐くものかと。しばらく呼吸を整えてから、ケイは敢えて、そのグロテスクな死体に歩み寄り、遺品を剥ぎ取り始めた。
よーし、値打ちのありそうな物は見逃すなよ! それと革製品は丁寧に扱え、これ以上傷をつけるな! 首元や手もしっかり確かめるんだぞ、装飾品があれば高く売れる―
相変わらず指示だけは達者なダニーの声を聞き流し、機械的に作業を進める。脛当てを剥ぎ取り、篭手を外し、胴鎧を脱がせ、懐を漁り、集めた物品をまとめて、森の外で待機する荷馬車まで運ぶ。
そのうち、服や手が血で汚れても何も感じなくなった。嗅覚も触覚も、感情すらも麻痺させて、何も考えないように、ただ手を動かす。
気が付けば荷馬車には、血塗れの防具や武器類が山積みになっていた。
―死体はどうする
あらかた片付いたところで、誰とはなしに、ぼそりと呟いた。
森だからな、そのままでもいいだろう。……誰もこんなところには入ってこない
若干疲れた様子で、マンデルが言う。片付けにうんざりしていた全員が、一も二もなく賛同する。どうせ盗賊の死体だ、野晒しにしたところで誰も悲しまない―
最終的に、革防具や長剣、合金製の短槍、指輪や首飾りなどの装飾品に加え、銀貨の詰まった財布なども獲得したケイたちは、血塗れになって村へと引き返していった。
―盗賊たち、四(・)人(・)分(・)の死体を、森の中に残して。
13. 強者
わああぁぁ、と。
包み込むように、響き渡る歓声。
無数の白い光が瞬いた。
星々と喩えるには、眩しすぎる閃き。
目の前に広がる、柔らかな床。
12m×12mの、正方形。
ここは、妖精たちの舞い踊る舞台。
自分もまた、妖精のひとりになる。
チャイコフスキー。白鳥の湖。
流れるような、しとやかな調べ。
身体が自然と、動き出す。
軽やかに、踊るように、舞うように。
たんっ、と。
最後の着地を、決める。
割れんばかりの、喝采。
会心の出来に、自然と笑みが浮かぶ。
やった、と言葉がこぼれ出た。
今まで積み重ねてきたものが。
今ここで、遂に報われたのだと。
そう思い、金色の輝きを確信した。
途端に。
場面が切り替わる。
ばぁんと横殴りの衝撃。
輝かしい全てが吹き飛んだ。
砕かれて。粉々に。磨り潰されて。
熱い。痛い。まるで、燃えるように。
ひしゃげた鉄と、ガソリンの匂い。
割れたガラス、黒い煙。
視界が暗転する。
暗い部屋。
モニタの輝きだけが照らす部屋。
膝を抱えて、座る。
丸く、短くなった脚。
逃げた。
逃げ続けた。
出ておいで、という呼びかけに。
耳を塞いだ。
良い天気だよ、という声に。
カーテンを閉じた。
逃げた。
逃げ続けた。
仮想の世界に。
仮初の世界に。
身駆を求めて。
過去を求めて。
駆ける。
駆け続ける。
霞む視界を。
白い霧の中を。
行きついた先には、
行きついた先には、きっと、
―真っ白な、血の気のない、
ア”イ”リ”ーン”、
黒い空洞が、見つめる。
ア”イ”リ”ーン”、ロ”ハ”チ”ェ”フ”ス”カ”ヤ゛
†††
―ああぁぁッッ!?
ぜえぜえと荒い呼吸、冷たい汗が額を伝う。
寝台の上、目を見開いて飛び起きたアイリーンは、がばりとシーツを跳ねのけて両足をまさぐった。細い指が、太腿を伝い、ふくらはぎを撫で、足首に触れる。
…………
たしかな、肉と骨の感触。