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うーむ、とアイリーンもちょっと難しい顔。イリスはお姫様設定が足を引っ張ってフットワーク軽めに動けないのが難点だった。

まあ、でも、お忍びでなんとかするんじゃね? 最悪コウの旦那は来れるだろ

一応連絡だけしておくか

そうしてコーンウェル商会本部を訪ね、コウの屋敷に使者を送ったり革鎧の仕様を話し合ったり、諸々の手配をするうちにあっという間に日が暮れた。

久しぶりだな、キスカ。……元気にしてたか

もっちろん。あんたこそ大活躍だったらしいじゃん

マンデル、そしてモンタン一家を連れて商会が手配したレストランに向かう。マンデルとキスカはタアフ村出身の顔馴染みだ―キスカの方が年齢的に一回り下のはずだが、かなり馴れ馴れしい。いつもモンタンの妻、リリーの母としての顔しか知らなかったケイは、キスカが途端に若々しい村娘のように見えて少し驚いた。よくよく考えれば二十代、ケイとそれほど年齢は変わらないのだ……

リリーも、しばらく見ないうちに大きくなったな。……あっという間だ

はい。おひさしぶり、です

お行儀よく挨拶するリリーを、マンデルは優しい眼差しで見ていた。もしかすると自分の娘たちの幼い頃と重ね合わせているのかもしれない。

こうしてみると、本当に目元はキスカにそっくりだな。……ベネットが会いたがっていたぞ

あー……父さんねえ。たまには里帰りしたいもんだけど、あんまり家を空けられないのよねぇ……

この頃、装飾矢やら何やらの注文がけっこう詰まってるんですよ。ありがたいことなんですけどね

それに加えて、ケイたちの魔道具の『ガワ』を作ったりもしているので、モンタンは忙しい。

そうか。……まあせめて、手紙くらいは届けよう

ありがとー

そんなことを話しているうちに目的地に着いた。二階建てのそこそこ高級なレストラン―上のフロアは、今晩貸し切りだ。

おお! みんな、主役のご到着だぞ!

階段を登ると、商会関係者はすでに集まっているようだった。ホランドがいち早くケイたちの来訪に気づき、皆に知らせる。小綺麗におめかししたエッダと、以前隊商護衛で同道したダグマルの姿もあった。

ケーイ、聞いたぞ、とんでもない大活躍だな! かーっ俺もあんときサティナにいればなぁ、一緒に行きたかったぞヴァーク村に!

ダグマルがバシバシとケイの背中を叩いてくる。ヴァーク村から救援依頼が届いた当時、ダグマルは別の隊商を護衛していたため不在だったのだ。もしダグマルがいたら、荷馬車の護衛はオルランドではなく、ダグマルとその仲間たちになっていたかもしれない。

(だが、そうすると最後のゴーダンの援護はどうなっていたかな?)

ダグマルは剣と短弓を使う。それに対しオルランドは短槍使いなので、ゴーダンが槍を借りることができた。もしもオルランドがいなかったら、ゴーダンはどうしたのだろう? ちょっとした違いで、戦闘の流れが大きく変わっていたかもしれない―

残念だったな。旦那も一緒に来てたら、“大熊”と”森大蜥蜴”、 深部《アビス》 の双璧の討伐をどっちも見届けられたのに

アイリーンがからかうように言うと、 そうそう、そうなんだよー! とダグマルは悔しげに地団駄を踏んだ。

本っ当に、惜しいことをした! どんな風だったのか、あとで絶対に話を聞かせてくれよな! な!

お兄ちゃん! お帰りー!

そんなダグマルをよそに、今度はエッダがトテトテと駆け寄ってきて、ケイに抱きつく。

ただいま。といっても、あっという間だったかな

待ってるこっちは気が気じゃなかったけどねー!

すりすりと腹に頬ずりしていたエッダだが、ふと、その背後、モンタンたちに連れられてきたリリーの存在に気づく。

あ……どうも

こんばんは……

同じ年頃の女の子ということで、互いに興味を持ったようだ。

(あれ、顔を合わせるのは初めてか?)

よくよく考えてみれば、ホランドたちがサティナに定住し始めてしばらく経つが、仕事でモンタンと顔を合わせることはあっても、家族ぐるみの付き合いはなかった気がする。

わたしエッダ。あなたは?

リリー、です

リリーは塾に通うのもやめて引きこもりがちだった。アイリーンと魔術の修行(というか勉強)を始めて少しは明るくなってきたものの、出会った当初の快活さは見る影もない。

(新しく友達ができたら、何か良い変化があるかもな)

そんなことを考えつつ、商会関係者たちに挨拶する。ホランドのようによく世話になっている者から、顔見知りではあるが名前までは知らない者まで。皆、等しく今回の一件で奔走してくれた人たちだ―ダグマルを除いて。

(ってかダグマル、今回は何もしてないじゃないか)

にもかかわらず、ちゃっかり打ち上げに潜り込んでいる要領の良さに、遅れて気づいたケイは、挨拶回りの最中、吹き出してしまわないよう笑いを噛み殺していた。

おっと、お待たせしてしまったかな? 申し訳ない

と、新たに階段を登ってくる人影があった。フードを目深にかぶった二人組。

コウ! イリスも来れたか

やあ。二人とも無事だったようで何より

えへへ。あたしも来ちゃった!

コウはフードを取っ払ったが、イリスはかぶったままだ。顔よりも、頭の豹耳が見られたらまずいので、こういうときは不便だろう。

俺たちも今来たところだ。問題ないさ

それは良かった

揃ったみたいだね。それでは始めよう!

ホランドが音頭を取り、皆に酒が振る舞われる。湯気を立てる料理―仔羊の丸焼きやシチューパイ、ローストビーフなどが大皿に盛られて運ばれてきた。

では―英雄たちから一言!

さて食事にありつこうか、と思っていた矢先、ホランドから水を向けられ、ケイとアイリーンは顔を見合わせる。

あ~……

コホン。まずはコーンウェル商会の皆様方に―

こういう咄嗟の英語スピーチが苦手なケイのために、アイリーンが口火を切って、少し時間を稼いでくれる。

―と、まあ、あまり長くなっても悪いのでこのへんで。ケイは?

ん、共に戦ってくれた戦友たちに。影から支えてくれた関係者の皆に。そして、俺たちを見守り、導いてくれた偉大なる精霊たちに―

隙間風がランプの灯りを揺らし、影が蠢き、コウの吐息が冷気で白くなる。

―最大限の感謝を。乾杯!

乾杯!!

そうして賑やかな宴が始まった。

†††

それから夜遅くまで飲み明かした。ケイは肩の力を抜いてコウと日本語会話を楽しみ、アイリーンは浴びるように高い蒸留酒を呑みながら、武勇伝を語って皆を楽しませていた。一番楽しんでいたのは、アイリーン本人だろうが。