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翌日、珍しく羽目を外して呑みすぎたマンデルがダウンしてしまったため、タアフ村への帰還は延期し、体調の回復を待ってからさらに次の日、サティナを出発した。

ケイとアイリーンは、マンデルに同行することにした。マンデルは必要ないと固辞したが、現金や貴重品を多数抱えていることから、護衛としてついていくことにしたのだ。マンデルの娘たちに、父親を無事に帰すと約束した義理もある。家に帰るまでが大物狩りだろう。

当然、タアフ村でも歓迎と祝いの宴が開かれ、ケイたちも招かれることとなった。マンデルの娘二人が、安堵のあまり号泣していたのが印象的だった。

いやー……今回は色々あったなぁ

タアフ村からサティナに戻る道中、アイリーンが感慨深げに呟いた。

全くだ。盛りだくさんだったな……

しみじみと、ケイも頷く。

少し肌寒い晩秋の草原に、サスケとスズカの蹄の音。

今更言うのも何だが……けっこう、危ない橋だったな

違いない

ほんの少しでも運が悪ければ、ケイもアイリーンも死んでいたかもしれない。死者もなく、大した怪我もなく、たった数人で”森大蜥蜴”の番を撃破した― DEMONDAL の中でさえ聞いたことがないような偉業だ。

で、ヴァーク村からまた助けを呼ばれたらどうする? ケイ

揺れる馬上、アイリーンが振り返り、いたずらっぽい笑みで尋ねてくる。

う~~~~~ん……

ケイは難しい顔で唸った。人々を助けるために、“大物狩り”専門の狩人として活動したい―それが夢だったが、正直なところ、今回の一件はかなりキツかった。

…………当分、遠慮したいな

あっはっは。オレもー!

屈託なく笑うアイリーン。まあ、しばらくはのんびり過ごそうぜ、と気楽な調子で言う。ケイも全く同意見だった。大物狩りはこりごりだ―

家に帰って、いつもの日々が戻ってくる。

季節は巡り、サティナにも初雪が降った。

この世界で初めての冬だ。皆が冬ごもりの準備を始めている。

ケイたちは、主に魔道具の研究開発をしながら、のんびりと過ごしていた。

なあ、ケイ―ちょっと、相談があるんだが

ある日、アイリーンが神妙な顔で話しかけてきた。ストーブで温めて使うタイプのアイロンを応用したヘアドライヤーの試作品をいじっていたケイは、改まった態度のアイリーンに姿勢を正す。

どうしたんだ?

んー。その、な。……アレが、来ないんだわ

ぽんぽん、とアイリーンが自分の腹を軽く叩いた。

ケイの思考は止まった。

……それは、その……アレか? 月の

うん

…………つまり

アイリーンの顔と、腹部を交互に見比べたケイは、ガタッと立ち上がる。

子供が……!?

……まだわかんないけど、その可能性が……うん……

少し頬を赤らめたアイリーンは、ぺし、と自らの額に手を当てた。

なんかこの頃ちょっと……微熱があるみたいな感じがして、だるいし。風邪かなーって思ってたんだけど、アレも来ないから。キスカとかにも相談してみたんだけど、その、やっぱりそういうことじゃないかって……

…………!

検査薬などないので、確定的ではないが。

そうか……!

同様に、現代地球のような避妊具もなかったわけで。それでいて愛は育んでいたのだから、当然―

……嬉しいよ

ケイはアイリーンをギュッと抱き寄せた。実感は湧かないが、それでも、素直に嬉しかった。

……良かった

アイリーンもホッとしたように肩の力を抜いて身を預けてくる。しばらくそうしていたが、顔を見合わせて、なんだか互いに気恥ずかしくなった。

そうか……俺、父親になるのか……

やはり、どう考えても実感が湧かない。

うーん。オレも、母親か……うーむ……!

アイリーンは再び頬を赤らめ、両手で顔を覆う。

こっちの世界だと普通なんだけど……地球基準だと、年齢的にちょっと早すぎる気がしないでもない……!

わかる。その気持ちはめっちゃわかる

不安だーーーーー!

ううむ、色々準備しないとなぁ

とりあえず身近に、子持ちのキスカがいて色々相談できるのは助かる。

……赤ちゃん、か……

ケイは身をかがめて、アイリーンのお腹に耳を当ててみた。

バーカまだそんな時期じゃないって!

はっはっは

コツンとアイリーンに頭を小突かれて、ケイは笑う。

―地球では、骨と神経の塊になって死ぬしかなかった自分が。

父親になれるのか、と。

しかし、そうなるとアイリーンも断酒しないとだな

うぐぅッ! やっぱ……そうだよなぁ……そうなるよな……

……まあ、俺も一緒に禁酒するから……

―ケイはそこまで酒好きじゃないだろぅ、もぉぉぉ!

ぬあ~と呻きながら、ふざけてケイの胸をポカポカ殴ってくるアイリーン。

はっはっはっは

オレには笑いごとじゃないんだよぉぉ

大して痛くもない打撃を受け止めながら、ケイは、幸せを噛み締めていた―

が。

それからさらに数日後のことだった。

寒い朝だった。

まだ夜が明けて間もない、ようやく空が白み始めたころ。

蹄の音。それも複数。

目を覚ましたケイは、傍らで眠るアイリーンをよそに身を起こす。

家の前が騒がしい。

ダン、ダン! と遠慮なくドアが叩かれた。

……なに?

アイリーンも目を覚ます。

わからない、と答えたケイは、着の身着のまま外へ出た。

―そしてそんなケイを出迎えたのは。

ケイチ=ノガワだな!

フル装備の騎士が数名。さらに、豪奢な装束に身を包み、竜の紋章が描かれた旗を掲げて馬に跨る壮年の男。

……そう、だが

突然の事態に困惑しつつ、どうにか答えるケイ。

よし。ケイチ=ノガワ! これより、公王陛下のお言葉を伝える!!

懐より書状を取り出し、壮年の男が馬上でふんぞり返る。

それに合わせて、騎士たちが剣を抜き、儀仗兵のように直立不動の姿勢を取った。

は?

公王? お言葉? ―呆気に取られて立ち尽くすケイ。

…………

しかし壮年の男は、何やら非難がましい目でこちらを見るばかりで一向に話し出す気配がない。

……ひざまずけ、ひざまずけ

見かねた騎士が、兜の下、直立不動のまま小声で伝えてきた。

ハッと我に返ったケイは、慌てて跪く。そして思い出した。武道大会の表彰式を前に少しだけ教わった礼儀作法。

王の言葉は、最大の礼をもって拝聴せねばならない―

―オホン。『余、エイリアル=クラウゼ、大精霊の加護により、アクランド連合公国のウルヴァーン公にしてアクランド大公は―』

ようやく正しい姿勢を取ったケイに、咳払いした使者が書状を読み始める。