なるほど。熱しやすく冷めやすい破壊の美学というわけか
デンナーはゴワゴワとした顎髭を撫で、得心がいったという風に頷いた。その、さもわかったかのような態度が癪に障ったバーナードは、逆に聞き返す。
……そういうオメーはどうなんだよ、デンナー。オメーは強いやつと戦うの、好きそうだよなァ
ぬぅ、まあ否定はせんな。強敵と対峙すれば血が滾るのは事実だ……ただ戦いそのものが好きかと問われると、違うな
ほう?
その戦いから何が得られるか―強敵との戦いは、何らかの教訓をもたらすことが多い。相手そのものが興味深く、面白いこともある。お前みたいにな
ニッ、と不敵に笑うデンナー。打ち負かされた側であるバーナードは、ますます不機嫌になってフンと鼻を鳴らした。
そして俺は欲張りでもあるからな。そういう面白い奴がいると、つい手勢に加えたくなっちまうわけだ
ああそうかい。お陰でこうして食っちゃ寝していられるんだ、ありがたいこった
焚き火に枝を突っ込んだバーナードは、また新たに焼き芋を取り出した。今度は爪先で器用に皮を剥ぎ取り、デンナーに差し出すでもなく一人で食べ始める。
ハッハッハッハ! そう不貞腐れるなよ
デンナーは大笑いしながら、バーナードの背中をバシンと叩いた。焼き芋を咀嚼しながら、ギロリと剣呑な目を向けるバーナード。普通の人間ならひと睨みされただけで震え上がってしまいそうな眼光だったが、デンナーは動じない。
―残念ながら、食っちゃ寝の生活もそろそろ終わりだ
その言葉は、バーナードの興味を引いた。
……というと?
でかい仕事がある。お前にも当然働いてもらうからな
ほーん。まあ構わねェけどよ、細かいのは苦手だぜ? 誰彼を守れとか、逆に誰彼だけを殺せ、とかはなァ。それに自分でも言うのもなんだが、俺のこの容姿で参加できンのか?
できるとも。好き勝手に暴れて、殺し回って、呑気に過ごしている奴らを大混乱に叩き落とす。そんな怪物を探していたんだ、おあつらえ向きじゃないか?
―ハッ。なんだそりゃあ
蜥蜴面でもそれとわかる、満面の笑み。
俺様にぴったりじゃねえか
だろう? 平(・)和(・)す(・)ぎ(・)る(・)世(・)の(・)中(・)も(・)つ(・)ま(・)ら(・)な(・)い(・)、そうは思わないか?
デンナーの問いに、バーナードは牙を剥き出しにした。
はハァ♪
101. 出陣
とうとう出発の朝が来た。
公国の地にも、厳しい冬が訪れつつある。
戸口に立ち、朝日を睨むケイの吐息は白い―
ケイ……
振り返れば、ケープを羽織ったアイリーン。
青い瞳が、ケイを見つめて揺れていた。そっと目を伏せる。伸ばした手が、ケイの袖を掴む。
強く―関節が白く染まるほど指先に込められた力が、何よりも雄弁にアイリーンの心情を物語っていた。
……アイリーン
ケイはただ、その手に、自らの手を重ねることしかできなかった。冷え切った指先に、せめて別れのときまで、わずかなぬくもりを与えることしか―
“飛竜”狩りに馳せ参じよ、との王命からはや一ヶ月。
サティナ郊外には、ウルヴァーンとキテネの兵団が集結しつつある。本日、そこにサティナの戦力も合流し、飛竜狩りの舞台たる辺境―鉱山都市ガロンを目指して東進する予定だ。
兵団の総指揮官は、公子ディートリヒ=アウレリウス=ウルヴァーン=アクランド。今年で成人を迎え、16歳という若さで次期公王として即位する。そして今回の飛竜狩りは、他ならぬ彼の箔付けのためのものだった。
実績作り、軍事力の誇示、他都市への牽制、軍部のガス抜き、領土拡大および辺境開拓の一環―政治的な思惑はさておき、最大の問題は、ケイがそれに巻き込まれてしまうことだ。
『どうしても行かないと駄目か……?』
尊大な使者が去ってから、ケイが残された説明役の下級役人に力なく問うと、彼はギョッとして周囲をはばかるように見回した。
『……とんでもない、なんてことを言うんだ。大物狩りの英雄だか腕利きの魔術師だか知らないが、一市民が王の言葉に逆らえるわけないだろう』
お偉方に聞かれなくてよかった、と下級役人は額の汗を拭う。頼むから迂闊なことは口に出すなよ、と言わんばかりにジロッとケイを睨んだ役人は、こう続けた。
『公王陛下からの直々のご指名、子々孫々にまで語り継ぐ名誉と心得よ! それに、ケイチ=ノガワ殿。あなたは栄えある名誉市民となったときに、誓ったはずだ。公王陛下と都市ウルヴァーンへの忠誠を』
―詰まるところ、ケイもアイリーンも、現代人だったというわけだ。
十全に理解できていなかった。封建主義的な社会における、『忠誠を誓う』ことの重みを、真の意味を。
これまで名誉市民として、少なからず権利を享受してきた。それに付帯した義務(ツケ)が、今になって回ってきた。それだけの話だ……
アイリーンは、荒れた。
『なんでケイがそんな目に遭わなきゃいけないんだ!!』
飛竜狩りに徴集された、と告げた直後は呆然としていたが、すぐに激怒した。何に対しての怒りか。公王か、その使いか、それとも状況そのものか……
『逃げよう、ケイ! むざむざ死にに行くようなもんだ。若造の箔付けのためなんかに、ケイが命を賭ける必要はない!』
アイリーンの主張は尤もだったが、ケイはゆるゆると首を振る。全てを放り出して逃げる―もちろん、検討した。
しかし、逃げるとしても、どこへ逃げる?
『アイリーン、俺たちは有名になりすぎた』
片や黒髪黒目の狩人にして、風の精霊と契約した魔術師。片や金髪碧眼の雪原の民で、影の精霊と契約した魔女。
地竜を相手取った伝説の狩りも、麻薬組織を壊滅させた大立ち回りも、吟遊詩人を介して公国全土に広がっている。こんな特徴的な二人組では、どこに逃げてもすぐに足がついてしまう。
かといって、国外に居場所があるかと問われると、難しい。アイリーンならば北の大地でも生きていけるが、馬賊のせいでケイは肩身が狭い。アジア系の顔つきは例外なく草原の民と解釈されるだろう。
“魔の森”近くのアレクセイの故郷の村なら、気心の知れたケイたちを快く受け入れてくれるだろうが、北の大地を横断する長旅になるし、第一、旅する間に冬が来る。
『家ごと凍りついて死ぬ』ほどの極寒の地を踏破する―あまりにも無謀。飛竜に挑む方がまだマシなくらいだ。