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公国は駄目、北の大地も危険、となれば残された土地は何処だ……?

『それこそ、飛竜狩りが行われる東の辺境に隠れ住むか、港湾都市キテネから船で別の大陸を目指すくらいしかない……』

ゲーム DEMONDAL に設定のみ存在した『フォートラント』と呼ばれる大陸。現在の公国の民は、フォートラントを発った植民船団の末裔だ。今でもフォートラントとの交流は続いているが、外洋の巨大水棲生物のせいで沈む船はあとを絶たないという。

フォートラントへの船旅は、無事に海を渡れるかどうかの博打。かといって東の辺境は、豹人(パンサニア)や竜人(ドラゴニア)が数多く生息する危険地帯。

『それに……仮に逃げたところで、今みたいに豊かな暮らしは二度とできない』

現状の安定した生活は、得難いものだ。特にこの世界においては。

公国で有数の大都市に住まいを構え、国内でも指折りの規模の商会に支援されながら、気ままに魔道具を作成するだけで食って行ける。使用人のおかげで家事はしなくていいし、最低限のインフラも整っている。飢える心配もない。

何より、アイリーンのお腹の子に、これらの資産を遺してあげられる―

そう考えたとき、逃げるという選択肢は、ケイの中で消えた。

『俺には……できない。今さら全てを捨てることなんて』

仮に自分が野垂れ死んでも、アイリーンは食いっぱぐれないし、子供にだって遺すものがある。

ケイはそう考えたが―

『暮らしなんてどうだっていい!』

アイリーンは違った。

『そんなもん、命に比べたらはした金だ! どこに移り住んだって、生きてさえいればやり直せる! ケイが帰ってこないのが一番イヤだよ! 死んだら……死んだら、お終いなんだ、ケイ……!! 頼む、頼むから……』

アイリーンの悲痛な叫びは、徐々に勢いを失い、力なき懇願へと変わった。ケイの胸板に顔をうずめ、『行かないでくれ……!』と消え入るような声で。

『アイリーン……』

気持ちは痛いほどにわかる。

だが……それでも、ケイは……

†††

話し合いは平行線だったので、コーンウェル商会へ相談に行った。

『飛竜狩りについては聞いたよ……ついさっき、ね』

商談室のソファに腰掛けながら、ホランドは太った腹をポンと叩いた。行商を辞め、本部つき商会員になったホランドは、ケイたちの魔道具販売で辣腕を振るい、この頃は一流商人としての貫禄を醸し出すようになっていた。

が、今日ばかりは少しやつれて見える。

『我らが商会も、もちろん飛竜狩りを支援するけど、ケイくん個人用の物資についても役人と話はついたよ。糧秣(りょうまつ)に関しては心配しなくていい』

飛竜狩りに同道する場合、ケイの懸案事項の一つがサスケの秣(まぐさ)だった。これまでの旅路では、文字通り道草を食わせたり、宿場街で調達する分で事足りたが、今回の目的地は東部の辺境だ。

公国は東に行くにつれ草原から荒原へと変わっていき、さらに大人数の兵団がともに移動することを考えると、現地調達では絶対に足りない。秣をかなりの量、事前に用意しておかないとサスケは飢え死にしてしまう。

行軍速度が非常に遅いであろうことを鑑みれば、ケイが徒歩でついていく手もあったが、それではケイの強みである騎射が活かせなくなる。

件の下級役人にも『歩いてくりゃいいじゃん』という旨のことを言われたが―おそらくは調整を面倒くさがったのだ―飛竜を相手取るには機動力が欠かせないと、“森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)“を狩った経験を混じえながら滾々と語った結果、『じゃあ後でコーンウェル商会と交渉してくるわ……』と根負けしたわけだ。

『あの役人が怠け者じゃなくて良かった』

『すこぶる働き者だったさ。話はすぐにまとまったよ。商会が追加で供出する分には、いくらでもどうぞ、とのことだった』

ホランドは肩をすくめる。要は、コーンウェル商会が独自に支援する分には、国の財布は痛まないので好きにしろ、ということだ。

役人も言っていたが、今回の狩りは成功報酬だ。最低限の食事などは軍が手配するものの、快適な旅路を望むならば諸々の経費は自腹となる。

目覚ましい活躍をした者には、帰還後にそれ相応の名誉と褒美を。

ただし労災は下りない―死んだらそれまでだ。

『ありがとう。苦労をかけることになる』

『なに。我が商会の腕利き魔術師を失うわけにはいかないからね』

ケイとホランドは、ぎこちなく微笑みあった。

『……なあ、旦那。どうしても行かないと駄目なのか?』

と、黙りこくっていたアイリーンが、縋るような目で尋ねる。

ホランドは困惑したように口をつぐむ。ケイは、アイリーンが自分と同じような言い方をしたのが可笑しくて、小さく笑った。半ば諦めたように。

『…………せめて、都市からの要請、くらいならばまだ、辞退する手もあったかもしれない。……だけど今回は、……王命だ。しかも名指しでの』

ホランドは苦しげに言葉を絞り出す。『とんでもない!』などと声を荒らげないあたり、これでも精一杯アイリーンの心情に寄り添った回答と言えるだろう。

『あまり、私の立場から無責任なことは言えないが』

沈痛の面持ちのアイリーンに、ホランドは慌てたように言葉を付け足した。

『先々代の陛下の飛竜狩りを思えば、ケイくんはそれほど心配しなくてもいいんじゃないかと思うんだ』

『ほう』

『……というと?』

ケイもアイリーンも、身を乗り出す。

『基本的に、ほとんど軍が矢面に立つんだよ。少なくとも先々代の狩りでは、告死鳥の魔術師と斥候が飛竜を一頭だけ釣って、魔術兵団と攻城兵器でタコ殴りにしたそうだ。従軍した兵士と、後方の支援部隊にはほとんど被害が出なかったらしい―』

対飛竜戦術はゲーム内のそれとは大差ないようだったが、ホランドの話を聞く限り、どうやら投じられるリソース量が桁違いだった。

具体的には、魔術師及び魔道具の数。

数百人単位で、魔術師たちが一斉に術を行使する。これはゲーム内では見られなかった光景だ。

ゲームでは、周年イベントの飛竜狩りはお祭り騒ぎのようなもので、数千人の廃人プレイヤーたちが一堂に会し飛竜に挑んだものの、その中で『魔術師』と呼べるプレイヤーはごくごく少数に過ぎなかった。

なぜかと言うと、飛竜を倒したあとは素材を巡るバトルロイヤルになだれ込むのが恒例だったため、ほとんど全員が『失っても怖くない』キャラ&装備を選択していたからだ。

その点、魔術師は触媒やら魔道具やら高価なアイテムを所持していることが多く、火事場強(・)盗(・)の被害に遭いやすい。1周年のイベントではそこそこ見かけた魔術師プレイヤーも、翌年には開き直って腰布に棍棒のみの蛮族スタイルで参戦していたくらいだ。