マンデルも困ったような顔をしている。
まあ、そうだが、王命だからな……
ケイのところには、直々に使者が来たんだったか。……まあ大変に名誉なことだからな、こればかりは
もちろん、喜び勇んで馳せ参じたわけだが
かくいうマンデルも、娘二人を残して来ている。ケイたちの心はひとつだった。
今から、凱旋のときが楽しみでならないよ
それはいいことだ。……ケイと一緒だと、五体満足に生きて帰られる気がする
マンデルは急に改まって、ケイをじっと見つめた。
飛竜が出てきても、ケイなら何とかしてくれるだろう?
……いやあ、うーむ……
ケイは唸りながら、手の中の朱い弓に視線を落とした。
“竜鱗通し”―理論上二百メートル先の竜の鱗をもブチ抜く、その絶大な威力から、この弓は銘打たれた。
(飛竜か……)
実際にやれと言われたら、どうだろうか……森大蜥蜴を超えるデカブツとはいえ、高速で飛び回るし、最強の防具の代名詞たる竜の鱗で全身が覆われている。ヤツらを仕留めるなら、ただ矢が刺さるだけではダメだ。鱗を貫通した上で、致命傷を与えねばならない。となると狙うのは、頭部か、臓器が密集した腹部か、……それにしても何本の矢を命中させればいいものか……
……飛竜は、流石にちょっと厳しいな
渋い顔でそう答えると、マンデルはクックックと低い声で笑みを漏らした。
ケイ。……普通の狩人はな、『飛竜を何とかしろ』と言われたら『無理』と即答するんだよ。それに対してケイは、しばらく悩んだ上で『ちょっと厳しい』なんて答える。この時点できみは尋常じゃない
マンデルはニヤッと笑った。
そして、それがこの上なく頼もしい
ばん、とケイの背中を叩くマンデル。彼にしては珍しいボディタッチだった。……極力いつもどおり振る舞っているが、やはり不安なのかもしれない。
そういえばケイ、鎧を新調したんだな
あ、ああ。そうさ、この間の森大蜥蜴でな。腕のいい職人に頼んだんだ―
ほぼ新品の革鎧を撫でながら、ケイはチラッと振り返った。
街道の向こう、サティナの街はちっとも―ケイの視力基準でだが―小さくなっていなかった。わかってはいたものの、遅々とした歩み。
これでは東の辺境ガロンまで、どれだけかかるかわからない。
(……長い旅になりそうだな)
そしてそれ以上に疲れそうだ。
願わくば、旅路の間に話題のストックが尽きませんように―気だるさをごまかすようにサスケの首をぽんぽんと叩いて、ケイは小さく溜息をつくのだった。
103. 親睦
やはりというべきか、飛竜討伐軍の歩みはあくびが出るほど鈍(のろ)かった。
ケイも最初から覚悟していたし、隊商護衛の経験からこんなもんだろうとは思っていたので、それほど苦痛には感じない。
ただ、大人数の行軍ゆえ、もうもうと舞い上がる砂埃には参った。
冬場で空気が乾燥していることもあって、視界が常に霞んでいるようだ。サスケも ねー、ちょっと空気わるくなーい? と言わんばかりに、不満げに鼻をスピスピさせている。
視力が落ちやしないか心配だ……
少しでも埃が入らないように目を細めて、苦々しげに言うケイ。
大丈夫だ。……そのうち慣れる
対して、マンデルは達観した様子で肩をすくめる。
彼は従軍経験者だ。適度に諦めることを知っていた。
緩やかな起伏の丘陵の間を縫うようにして、ゆったりと蛇行しながら伸びる石畳の道―“サン=レックス街道”。
寒風が吹き荒む中、兵士たちはぞろぞろと歩いていく。都市近郊ではまだ『軍隊の行進』の体をなしていたが、見物客がまばらになると気も緩み、その歩みはのんびりとしたものに変わっていった。
とても飛竜狩りに赴いているようには見えないが、目的地は遠いし、飛竜と出くわすのはまだまだ先のことだ。今の段階で怯えたり不安がったりする必要はない―気を張り続けていたら参ってしまうので、実際、兵士としては彼らは正しい。
ダラダラと歩き続けること数時間。昼食の休憩となった。出てきたのは堅焼きビスケットに薄いワイン、それに干し肉の欠片。
わびしい……としょんぼりするケイをよそに、マンデルは、
おっ、干し肉がついてるとは豪勢だな。……さすがは飛竜討伐軍
などと感心していて、色々と察するほかなかった。
長く続いた街暮らし(使用人つき)のせいで、自分はすっかり贅沢になってしまったらしい、とケイは忸怩たる思いになる。
このぶんだと夕食も期待できない、何か彩りを確保せねば……と草原に目を向けると、夏場ほどではないがウサギの姿がチラホラあった。
“竜鱗通し”と銘打たれたこの弓も、一番血を吸っているのはウサギかもしれない。
それから特筆すべきことはなく、夕暮れ前に行軍は止まり、野営の準備が始まる。夕食はそれぞれの部隊ごとに食材が配られ、自分たちでシチュー的なものを作る形式だった。
案の定、配給されたのは穀類や干し肉など非常にわびしい内容だったので―マンデルいわく、これは量的にも質的にもびっくりするほど豪勢―ケイは快く部隊の皆にもウサギ肉を提供した。これから数週間、下手すれば数ヶ月、同道する仲間たちなのだ。仲良くなるに越したことはない。
よっ、太っ腹!
さすがは公国一の狩人!
無論、義勇隊の面々も大喜びだった。
近隣の部隊より具だくさんになったシチューを味わいながら、焚き火を囲んで親睦を深める。
義勇隊に集まったのは、マンデルのように武闘大会で入賞した者や、弓や弩の扱いに秀でる退役軍人、高名な狩人、森歩き、流れの魔術師などで、出自は様々だがそれなりの人物が多かった。
一部、名声や実績のためだけに参加した者たちもいたが、彼らは実力がない代わりに相応の身分(といっても田舎の名士とか豪農の子とか)の出で、こちらもまともに話が通じる手合だ。
総じて、付き合いやすい者たちばかりだった。夕飯に彩りを添えてくれるケイに絡んでくるような無作法者ももちろんおらず、良好な関係を構築しつつあると言えるだろう。
ちなみに、ほぼ強制参加だったのはケイとマンデル、その他武闘大会入賞者くらいで、あとは志願者が主だった。
それで、
シチューをかき込んだ大柄な傭兵が、目を輝かせながら尋ねてくる。
あんたは、森大蜥蜴を2頭も狩ったんだろう? 吟遊詩人の歌は飽きるくらい聞いたけどさぁ、実際のところどうだったんだ? 教えてくれよ!
野性味あふれる笑顔が素敵な彼は、その名をフーベルトという。もともと東の辺境の傭兵で、竜人(ドラゴニア)から商隊を守るため剣を振るっていたらしいが、わざわざサティナまでやってきてから義勇隊に参加したらしい。