目的は金。そしてひとかけらの名声。蜥蜴人とやり合うのにはもう飽き飽きだよ、とはフーベルトの談だ。
これからまた東へ行くのにサティナまで来るのは無駄足ではなかったのか、と尋ねると、 実はサティナに妹夫婦がいてな、ついでに会いに来たんだ! 新しくガキが生まれててさぁ、可愛いんだなぁこれが! とニカッと笑っていた。
森大蜥蜴か……そうだな……
問われて、ケイはマンデルと顔を見合わせた。
ヴァーク村を守るため、 深部(アビス) の化け物と演じた死闘はまだ記憶に新しい。
マンデル、せっかくだから頼めないか? 俺は説明がヘタだからさ……
……おれだって口下手なんだが
マンデル? マンデルというと、あの大物狩りにも同行したという”十人長”のマンデルですかな?
少しぽっちゃりとした青年が口を挟んでくる。彼はとある田舎の名士の次男坊で、名前はクリステンというらしい。
丸顔で、くりくりとした瞳が印象的。いかにも人が良さそうだ。少し気弱なきらいがあるものの、健脚らしく、行軍には問題なくついてこれる程度の体力はある。彼の体型は自堕落によるものではなく、単に裕福さを示すもののようだ。
今回、義勇軍に参加したのは、意中の女性に告白するためらしい。無事に帰ったらプロポーズするつもりなのだとか……
ああ、そのマンデルであってるよ。彼には随分と助けられたもんだ
ケイはしたり顔で頷く。そのまま さあ皆に語ってあげてくれ! とマンデルに促すが、 その手に乗るか とばかりにジロッとした目で返される。
しばし、英語力の問題で語りたくないケイと、口下手だから遠慮したいマンデルで押し付け合ったが、皆に急かされたこともあってマンデルが折れた。
そう、だな。……あれは秋も終わりに近づいた頃。おれが、いつものように森から戻ると、突然、ケイが村を訪ねてきた。そして、告げられたんだ。『ヴァーク村から救援要請が届いた。手を貸してほしい』と―
ぽつぽつと、マンデルは語りだす。
確かにマンデルは、彼自身が言う通り、舌が回るタイプではなかった。しかしその実直な語り口には、当事者ゆえの真に迫った凄みがあり、かえって聞き手たちの心を捉えて離さなかった。皆、大仰な吟遊詩人たちの歌はもう聞き飽きていたということもある。
―そしてとうとう、やつが姿を現した。……途轍もなくデカい、化け物だった。そこの馬車くらいは優に超える背丈で、おれたちは皆、そいつを見上げながら覚悟を決めた。ここでやらねばならないと。……だが、武器を構えたそのとき、再び大地が揺れた。そして背後からもう一頭、同じくらいデカい化け物が出てきたんだ―
ごくり……と誰かが生唾を飲み込む。
当事者どころか主役なのに、ケイもハラハラして聞いていたところ、不意に髪の毛を引っ張られた。
イテッ、イテテッ、なんだ? ……サスケェ!
振り返ると、サスケが少し不機嫌そうに尻尾を振っている。
あ、すまん。サスケも腹減ったよな
道草と、さっきちょっと分け与えたウサギのローストくらいでは食べ足りないか。コーンウェル商会の馬車から糧秣を受け取らなければならない。
悪い、ちょっと席を外すぞ
と、ケイは中座したが、皆マンデルの話に聞き入っていたので特に残念がることもなく、そのまま抜け出すことができた。
(なんだ、口下手とかいって、語り部にもなれそうじゃないか……)
熱のこもった口調で、森大蜥蜴との死闘を語るマンデルを尻目に、軍隊の後方を目指す。
―討伐軍のあとには、長い車列ができていた。
大量の人員の胃袋を満たす補給部隊に加え、商会の馬車も出張ってきているのだ。兵士相手に商売をする者、士官を相手に高級嗜好品をさばく者、流れの医者もいれば大道芸人や吟遊詩人、はたまた娼婦たちのテントなんてものまで。
その並外れた視力で即座にコーンウェル商会の旗を見つけたケイは、サスケを伴って馬車を訪れた。
よぉ、ケイ! どうだった、義勇隊ってのは?
親しげに出迎えてくれたのは、眉毛が濃い、よく日に焼けたヒゲモジャの傭兵―ダグマルだった。コーンウェル商会の専属傭兵で、サティナ-ウルヴァーン間の隊商護衛でも一緒に仕事をしたことがある。ケイの”大熊殺し”の目撃者の一人だ。
やあ。義勇隊は、気のいい奴らばかりだったよ。しかしなんというか、歩みがのんびりしてるな。それに土埃のひどいこと……普通の隊商護衛が懐かしいよ
はははっ、違いない!
同感なのか、苦笑いするダグマル。ホランドと幼馴染な関係で、何かとケイとも縁のある男だが、この度は自ら商隊に志願したらしい。
『―いやぁ俺も歳だからよ。ボチボチ腰を落ち着けようと思うんだが、最後に箔をつけたくってなぁ』
最後の護衛任務が飛竜討伐軍への同道なら、これに勝る名誉はないというわけだ。戻ったら、サティナ本部の用心棒的なポストに就くらしい。
『それにせっかくケイの”大熊殺し”は見てたのに、“森大蜥蜴”の方は見損ねちまったからな。今回、“飛竜”は見逃さないぜ!』
―と、そんな思惑もあるとかないとか。
ほーれ、サスケ。たんとお食べ
ぶるふふ
サスケは、秣(まぐさ)に野菜にとたっぷり与えられて大満足の様子だ。
どうだ、ケイ。あんまり出せないけどよ、ついでに一杯やってくか?
サスケを待つ間、ひょっこりと馬車に引っ込んだダグマルが、再び顔を出して小声で言ってきた。その手には、金属製の水筒(スキットル)。
いや! ……うーん
非常に心惹かれるものがあったが、ここはぐっと堪える。
ありがたいけど、禁酒中なんだ
……ああ、嬢ちゃんと一緒にやってるんだっけ
嬢ちゃん、とは、言うまでもなくアイリーンのこと。ほぼ妊娠が確定している彼女は、ここしばらく断腸の思いで酒を断っている。ケイもその苦しみを分かち合う覚悟だった。……血涙を流すアイリーンの前で酒を楽しめるほど、無神経ではない。
でも、別にいいじゃねえか、従軍中くらい
いや、まあ、そうなんだが、今も独り待ってるアイリーンを想うとな……
溜息をつきながら、日が暮れゆく空を見上げるケイ。
―いかん。出立一日目にして、もう帰りたくなってきた。いや、最初から帰りたいのは確かだが。
……それに、俺だけ呑んで戻って、隊の皆に気取(けど)られてみろ。総スカン食らうぞ
何せ勘の鋭い傭兵から、鼻が利く森歩きまで勢揃いだ。
はははっ、そりゃあ確かに肩身が狭いな。これはしばらく、お預けにしとこうか。んで、狩りが終わったら祝杯をあげようや
それくらいはいいんだろう? とお茶目にウィンクするダグマル。
もちろん
ケイも笑顔で答えた。