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『まあな。……それと関連して、“こっち”とゲームの違いなんだが、どうやら復活はナシみたいだ。当たり前っちゃ当たり前なんだが』

仮に誰でも”再受肉(リスポーン)“できる世界なら、『殺し』がもっと軽い扱いになるはずだ。しかし、周囲の村人や盗賊たちを見るに、そういった考え方はなさそうだ。皆、地球の人々と同じくらい、死に敏感だった。

『そっか……じゃあ、死なないようにしないとな……』

窓の外の風景を眺めながら、しみじみと呟くアイリーン。その内容が、あまりにも当たり前すぎて、ケイには何処か可笑しくすら感じられた。

……ん?

と、そのとき、扉の外側からコツコツと、足音が近づいてくる。

―ケイ殿。呪い師のアンカにございまする

コンコン、と扉をノックしながら、しわがれた老婆の声。

ああ、アンカの婆様か

椅子から立ち上がったケイは扉を開け、杖をついた老婆を部屋の中に招き入れた。

申し訳ありませぬ、お邪魔虫でしたかのぅ?

いやいや、ちょうど話も終わったところだ―アイリーン、こちらは、お前が寝込んでる間、ずっと世話してくださった、村の薬師の、アンカの婆様だ

どうも、迷惑をかけたらしい。ありがとう

いえいえ、お気になさらずとも

アイリーンに礼を言われたアンカは、その微笑みを目にして ……お美しや と小さく呟いた。しわくちゃになった顔に埋もれる小さな瞳に、アイリーンの姿が映り込む。子供のようにきらきらと、未知への好奇心に輝く瞳。

ケイに椅子に座らせて貰いながら、アンカは手にしていた袋を差し出した。

ケイ殿。お預かりしていたポーションにございます

おお、ありがとう

そういえばポーションのことを失念していた、とケイは受け取りながら引きつった笑みを浮かべる。思わず中身を検めると、満タンの瓶が数本に、半分ほどまで使った瓶が一本。そこまで劇的に減っているというわけではない。

タヌキには指一本触れさせておりませんぞ

……タヌキ?

ベネットのことにございます

アンカの言葉に、ケイは苦笑を抑えきれなかった。たしかにあの爺ならば、ネコババしかねない。

村長といえば、彼から聞いたが、俺の頬の手当てもしてくださったようだ。改めてありがとう

大したことにはござりませぬ。わたくしめの調合した傷薬です、ポーションほどの効き目はとてもとても……。ポーションをお使いした方がよろしかったでしょうかぇ?

いや、ポーションが勿体ない。手当の件、感謝する

ポーションを使えば、この程度のかすり傷は即座に治る。が、傷薬では致命傷は治せない。アンカがポーションを温存してくれたことに、ケイは素直な感謝の意を示した。

身に余る御礼にございまする……。さて……、ケイ殿

んんっ、と咳払いをしたアンカが、真っ直ぐにケイを見据え、居住まいを正す。

この度は、厚かましながら、二つ、お願いがございまする

……なんだろうか

ケイの眉が下がった。この誠実な、礼儀正しい老婆に、ケイは素直に好感を抱いている。アイリーンの面倒を見てもらった恩もあるし、何か願いがあるならば極力聞いてあげたい、とは思っていた。

しかし、やはりそれは、願いの中身に依る。

……ひとつは、ポーションのことにございまする

言いにくそうに、しかしはっきりと言葉を紡いだアンカに、 やはりそうきたか とケイは思った。二人の会話に、ほぼ置物と化していたアイリーンも、さもありなんという顔をしている。

病や怪我で、人は死ぬものにございまする。それが自然の運命、逆らえるものにはございませぬ。―しかしながら、生まれたばかりの赤子が、熱に侵され、息を引き取って行くのは、あまりにも虚しく、辛いものにございます……

ずるり、と椅子から床へ滑り落ちるように、アンカは平伏した。

今年、出産を予定している女が、村には三人ほどおります。そのうち、何人の赤子が大きくなれるかは、わたくしめにはわかりませぬ。ケイ殿。その魔法薬が、何物にも代えがたい、貴重なものであることは理解しております。しかし、どうか、ほんの僅かな量に構いませぬ。弱った赤子を助けられる程度のポーションを、お与え下されませぬか……

よしてくれ、婆様

床に額を擦り付けるアンカを、ケイは抱え上げて椅子に座り直させる。

手を組んで俯いた、小さな、あまりに弱々しい老婆を前に、ケイは細く長く息を吐き出した。

―ポーションは、生命線だ。

ゲーム内でさえ、素材や生産設備の関係で、高等魔法薬(ハイポーション)は希少性が高かった。この世界の住人を見るに、こちらでのポーションの希少性は更に高いようで、再入手の手立てがあるのかどうかすら、わからない。

―ここで情に流されるか、自分たちの命を優先するか。

考えるまでもないことだ。自ずと結論は出る。

……すまない。婆様

ケイは静かに、頭を下げた。

これは……流石に、我々が持っていたい

その言葉に、アンカは痛々しい表情で、ゆっくりと首を振った。

いえ……最初から、わかっており申した。対価として要求致すには、あまりに過ぎたものであることは……お気になさらないでくだされ、ケイ殿。ただの老いぼれの、世迷いごとにございます

すまない……

潔いアンカの言葉。ケイの中で申し訳なさが募る。

しかし、―耐えた。

……で、もう一つの方の願いってーのは?

場に沈黙が降り、飽和する寸前の絶妙なタイミングで、能天気を装ったアイリーンの一言が響く。

おお……もうひとつ、これも厚かましい願いにございますが、

表情を幾分か明るく回復させたアンカは、ケイとアイリーン二人に、

―実はケイ殿に、精霊語のご指南を賜りたいのです

アンカの申し出に、ケイとアイリーンは顔を見合わせた。

……というと?

真にお恥ずかしながら、わたくしめは村の呪い師でありながら、精霊語の素養がありませぬ。村に伝わる精霊様への呪いの文言が、正しいものなのかどうかすら、分からぬのです

ここでアンカは、まるで周囲に人がいないか気にするかのように、

……正直なところ、病人にいくら祈りを捧げても、効能があるとは思えぬのでございます。ゆえに、文言そのものが間違えているのではないかと……

小さな声で、囁いた。

その程度ならば、お安い御用だが

ケイは事も無げに答える。ポーションに比べれば、どうということはない頼みごとだった。

本当にございますか! ありがとうございまする……

再び床に平伏しそうになったアンカを、ケイとアイリーンは慌てて止めた。

†††

アンカへの精霊語(エスペラント)の指導をさっくりと終わらせたケイは、腹が減ったというアイリーンの世話を再びシンシアに頼んでから、村長の家を後にした。村長のベネットは、まだ帰っていないようだ。おそらく約束通り、孫娘のジェシカと遊んでいるのだろう。