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祈りの文言を添削され、ついでに有用な幾つかの動詞や指示語、精霊が好む触媒などもまとめて教わったアンカは、鬼気迫る様相でそれらを紙に書き取り、感涙に咽び泣きながら帰っていった。

教えた側のケイとしては、喜んで貰って嬉しくはあるものの、正直なところ複雑な心境だ。契約精霊を抜きにした”呪術”など、精霊語が正しかったところで、どれほどの効果があるものかわかったものではないからだ。

魔術も呪術も、精霊語で精霊に話しかけて自分の願いを告げ、魔力や触媒を捧げることにより何らかの目的を達成してもらう、という点で、その本質は変わらない。

ただ、『喚べば精霊が応えてくれる』のが契約精霊ありきの魔術で、『いるかどうかも分からない精霊に取り敢えず頼む』のが呪術、と定義されている。

有体に言えば、呪術は不確実なのだ。

精霊は、何処にでも存在するし、何処にも存在しない。例えば、ケイが契約している精霊 風の乙女 は、風の吹く場所になら何処へでも顕現し得る。

彼女は一陣の風であると同時に、大気全体の流れでもある。 風の乙女 のうち個体名を『シーヴ』と名乗る者は、契約したことにより今はケイ一人に注目しているが、本来ならば風の吹く場所全てを知覚していた存在だ。

その広大すぎる知覚の中で、ひとりの人間が祈りを捧げたところで、いちいちそれに注目する理由が、彼女にはない。

故に、精霊の気を引くために、呪術においては『精霊が好む空間』を演出することが何よりも大切らしいが、実際問題、そういった細かいテクニックを、ケイは知らなかった。

なぜなら、ゲームの DEMONDAL において、“呪術”は設定やNPCの話においてのみ示唆される存在で、実際にはプレイヤーがそれを使用することはできなかったからだ。ゆえに解析も、推測すらもできない。

ケイに出来たのは、うろ覚えのNPCの話を参考に、割と顕現しやすい低位の精霊が好む触媒を、アンカに教えることぐらいのことだった。

(……まあ、それでも、ないよりはマシか)

村の中の砂利道を歩きながら、考える。

年齢的にそこそこに魔力があると考えられるアンカが、正しい精霊語で祈りを捧げれば、それなりに精霊の注目を集める、かもしれない。

ケイとしては、宝くじに当たる確率が若干上がった、ぐらいに受け止めて貰いたかったのだが、今後の呪術に大いに期待を寄せているアンカを見ると、なんとも申し訳ない気分になる。

そんなことを考えている間に、村の中心の広場に到着した。

タアフ村の中で唯一、石畳が敷かれている空間。

中央に井戸を配し、普段は洗い物や水汲みなどで生活の中心となる場所に、今は整然と盗賊から回収した武具が並べられていた。

広場を取り囲むように、手の空いている村人たちがぐるりと見物に集まっている。村の生活ではお目にかかれないような武器防具に、大人から子供まで、男たちはみな目を輝かせていた。そんな彼らに、仕方がないわね、と言わんばかりの呆れた視線を向ける、洗い物の籠を手にした村の女たち。

もっとも、死体回収に向かった面子、クローネンやマンデルたちは、やはり死体の記憶を引きずっているのか、はしゃぐ気にもなれないようだったが。

おや、ケイ殿。お話はもう終えられたのですかな

石畳の上の武具をじっくりと見定めていたダニーが、ケイに愛想笑いを向けてくる。

ああ。そちらは、首尾はどうだろうか

上々です。流石はイグナーツ盗賊団、装備の質もなかなかですぞ

そうか

ごまをするように揉み手のダニー。鷹揚に頷いたケイは、並べられた長剣にちらりと目をやった。

(……成る程、さすがに一番質がいい奴は取らないでおいたか)

あらかじめ目をつけていた、最も質の良かった長剣は、そのまま地面に置いてあるのを確認する。しかし体感的に、少々剣全体で見ると、どうにもその数が少ないような気がした。おそらく、ケイがアイリーンと話している間に、ど(・)こ(・)か(・)へ(・)誰(・)か(・)が(・)持ち去ったのだろう。

苦笑交じりに、そんなことを考えていたケイだったが。

ふと、剣のそばに並べられていた革鎧に目をつけて、その顔色を変えた。

胴鎧が―八つ。

いかがなさいました? ケイ殿

……ダニー殿。一つ尋ねたいのだが、この鎧は、これで回収されたもの全てか?

えっ

ケイの問いかけに、ひい、ふう、みいと鎧の数を数えたダニーは、

ええ、これで合っている筈です。きっかり八人分。あの場にあった賊(・)の(・)死(・)体(・)の(・)数(・)と(・)一(・)致(・)し(・)ま(・)す(・)の(・)で(・)

……そう、か

―足りない。

昨夜ケイが戦った盗賊は、全部で十人。

(―二人、逃したのか)

歪みそうになる表情を、必死に押し固める。

今すぐサスケに飛び乗って、現場をもう一度確認しに行こうかとも思ったが、不思議そうな顔でこちらを覗き込むダニーを見てやめた。この業突く張りの男が余計な死体を見逃すはずがないし、第一、ここで怪しまれるべきではない、と。

(……せめて、逃げた奴の所持品、ナイフでも何でもいい、それがあれば 追跡 が出来るんだが、)

整然と並べられた武具を前に、ううむ、と唸る。魔術の行使に必要な触媒の宝石(エメラルド)は、もうひとつある。『逃亡者』が使っていた武具なり道具なりがあれば、それに染みついた魔術的な『匂い』を頼りに、風の吹く場所に居る限り 風の乙女 でその位置を暴くことが可能だが。

肝心の、その『持ち物』がどれなのかが、わからない。

だからといって、手当たり次第に試すわけにもいかない。純戦士(ピュアファイター)であり、魔術の使用を前提としていないケイには、触媒も、魔力も、全てが足りていなかった。

…………

訝しげにこちらを見るダニーをよそに、顎を撫でながら、ケイは考えを巡らせた。

……ふむ。これら戦利品についてだが

しばらくして、唐突に話を切り出したケイは、目をつけていた長剣に歩み寄り、おもむろにそれを拾い上げる。

昨夜の戦闘で、ケイのサーベルは刃の付け根が歪み、すっかり使い物にならなくなっていた。元々、力任せに『叩き切る』使い方しかできないケイは、サーベルのような『斬る』タイプの剣と相性が悪い。

それでもわざわサーベルを使っていたのは、相方であるアンドレイに万が一のときすぐに渡せるようにするためだが―現状のケイには壊れにくい、頑丈な長剣が必要だった。

しゃらり、と鞘から白刃を抜き放つ。