手になじむ重さの剣だ。刃渡りは八十センチほど、刃は程よく肉厚で、切れ味も悪くなさそうに見える。試しに、片手で振り回してみた。
ビッ、ピゥッ、と鋭い風切音。
がやがやと騒がしかった村人たちが、その剣圧にぴたりと押し黙った。
(……速い)
一振りの速さに、思わず目を見張ったのがクローネン。
(……ブレないな)
寸分の軸の乱れもなく、ぴたりと止められた剣を見て、ケイの底知れぬ膂力を推し量ったのがマンデル。
ダニー殿
な、なんでしょう
この剣と、回収した銀貨は頂戴いたす
抜き身の剣を手にしたまま、ケイは有無を言わせぬ口調で言い放った。
その代わり、残りの武具や、装飾品は丸ごと差し上げよう。随分と世話になったからな。よろしいか?
なっ!
ダニーが目を剥いたのは、ケイの申し入れが想像以上に破格のものだったからだ。盗賊たちの銀貨は、それなりの財産になる金額ではあったが、武具や装飾品を全て売り払った際に見込まれる収入は、それを上回るものだ。周囲の村人たちも、おお、とどよめきの声を上げる。
はっ、はい! 勿論です!!
そうか。ならばよかった……ところで、気のせいかもしれないが、剣の数が少々足りない気もするな。まだ、鍛冶屋が手入れをしているのだろうか?どうでもいいことだが、銀貨に数(・)え(・)間(・)違(・)い(・)がないことを祈っているぞ、ダニー殿
ケイがにこりと笑いかけると、興奮で赤らんでいたダニーの笑顔が、僅かに青ざめて引きつった。
そんな彼をよそに、夕焼けに染まり始めた空を見上げ、ケイは小さく溜息をつく。
……今日は、なんだか疲れが抜けきれていないようだ。すまない、あとは任せてもよろしいかな
も、勿論です
ありがとう。戻る、といってもダニー殿の家だが、俺は失礼するよ
ぱちん、と剣を鞘に戻したケイは、ダニーに背を向けてきた道を引き返し始めた。
(……正直、残りの武具やら装飾品やらも勿体ないが、換金する時間の方が惜しい)
ダニーたちの話によれば、近いうち、具体的にはあと一週間ほどで、行商人たちが村にやってくる。
そのときに武具やら装飾品などを売り払い、盗賊たちから奪った品を現金に換えるか、あるいは諸々の物資と物々交換するのがケイにとっては理想的だったのだが、敵を逃がしたとなればそうも言っていられなくなった。
相手は、地方一帯に名を轟かせるような盗賊団だ。昨夜戦った連中の腕前からして、あれが本隊ということもあるまい。おそらくはせいぜいが一部隊。
となれば―かなりの確率で、報復の攻撃があるはず。
(装飾品も……指輪がヤバそうだしな)
持ち運びが楽な装飾品類は持っていくのもアリだったが、盗賊たちがはめていた指輪のうち、妙に画一的なデザインのものがあったことが気にかかる。
(仮に、アレが盗賊団の印的な指輪だったら、持ってるだけで逆に俺の方が 追跡 を喰らう可能性もあるしな……)
ある程度大きな武装集団ともなると、魔術師の一人や二人がいてもおかしくない。
かといって、 その妙に似た感じの指輪以外の装飾品だけ貰うわ というのは、いかにも怪しい。よって、装飾品類は全てダニーたちに譲った方が自然だった。
(……まあいい、銀貨全部と長剣だけでも悪くない収入だ)
あとは。
(アイリーンが本調子に戻り次第、村を出よう)
右手に握る剣の鞘に、ぎり、と力がこもる。
明るかった森が、黄昏の中で鬱蒼と暗く染まっていく。
ケイは、なんとも言えない胸騒ぎを抱えたまま、急ぎ足でアイリーンの待つ家へと戻っていった。
作中でようやく24時間が経過しました。
皆様の感想を、お待ちしております。
14. 狩人
さぁぁぁ、と。
広がりのある葉擦れの音が、風に運ばれてくる。
草原。地平線の果てまで続く、緑の大地。
抜けるような青空に、ひつじ雲がふわふわと漂う。
(……平和だな)
サスケに跨り、ぐるりと周囲を一望したケイは、漠然とそう思った。
目に優しい、心休まる風景―といってもよい。
しかし胸の奥。燻り続ける、焦りに似た何か。
とぐろを巻く陰鬱な感情が、ちくちくと胸を刺す。
爽やかな風が吹き抜けても、尚(なお)。
ケイの心は、晴れなかった。
―と。
視界の果て。
茶色の小さな影が、草むらでもぞもぞとうごめく。
……見つけた
またか。……早いな
ケイの呟きに、隣で轡を並べていたマンデルが、呆れの表情を作った。彼の跨る村の駄馬の鞍には、血抜きを済ませた兎が何羽も括りつけられている。どこか乾いた笑みを浮かべるマンデルをよそに、ケイは足でぽんとサスケの腹を蹴り、弓に矢をつがえた。
ぱっかぱっかと、緩やかに前進を始めた馬上。しっかりと狙いを定めたケイは、ぎりぎりと弦を引き絞る。
快音。
突如として響き渡った鋭い音に、耳を立てた兎が草むらからひょっこりと顔を出し、何事かと周囲を見回した。そこへ、勢いよく銀色の光が突き刺さる。
キュィッ、と短い悲鳴を上げて矢の餌食となった兎の、周囲にいた仲間たちが文字通り脱兎のごとく逃げ出した。
仕留めた
風が吹いてるんだぞ。……よくもまぁ、あの距離でやれる
何気ないケイの報告に、額を押さえたマンデルの言葉はもはや嘆きに近い。二人揃って馬を進ませ、後足で空を蹴るようにしてもがいていた兎を拾い上げた。
悪いな
胴体に刺さっていた矢を引っこ抜き、血を払い飛ばしながらケイ。すかさずマンデルが横からナイフを差し出して、その兎の首を掻き切った。
ぴちゃぴちゃばしゃ、と緑の大地にこぼれ落ちる赤い液体を眺めながら、ケイは自分の手の中で、小さな命が暖かみを失っていくのを感じる。
……さて。こんなとこか
そうだな。……そろそろ、村に戻ったほうがいい
ケイから受け取った兎を鞍に括りつけながら、マンデルが草原を見渡して言った。
盗賊たちの剥ぎ取りに向かった、その翌朝。
本来ならば、すでに村を逃げ去っていたはずの、ケイは。
何故か―草原で、兎狩りをしていた。
†††
昨夜のこと。
盗賊を逃したことを悟ったケイは、アイリーンにああ言おう、こう言おうと考えを巡らせながら、村長の家に引き返していた。
おいアイリーン、話が―
ばん、とノックもせずに扉を開け、居間に入ったケイの目に飛び込んできたのは、しかし、
おねーちゃん、あ~ん
ん~ん、これ美味いな!
これこれジェシカ、こぼれとるぞ
アイリーン様、お代りはありますので、遠慮なさらず食べてくださいね
お、ありがと!
ジェシカを膝に乗せて、夕食を食べさせて貰っているアイリーンに、孫好きのひとりの祖父の顔になったベネット、そしてそんな三人を慈しむように見つめるシンシアの姿だった。