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働き者なのだな、とどこか斜に構えた心で感心しつつ、この有り様をどう説明したものか、まるで他人事のようにぼんやりと考えを巡らせる。

―草原に、狩りにでも行こうと思ってな

左手の弓をちらりと見せ、言う。

……随分と重武装なんだな

そうでもない。普通だよ

真顔のまま言い切って、そそくさとその場から立ち去った。

向かうは、サスケを預かって貰っている厩舎だ。村の駄馬と共に、寝っ転がってのんびりと干し草を食んでいたサスケを連れ出し、村を出る。

木立を抜けながら、狩りのついでに周囲の地形把握でもしておくか、とケイが考えていたところで、背後から近づいてくる蹄の音。

おーい、ケイ

追い縋ってきたのは、村の駄馬に跨ったマンデルだった。

クローネンから聞いたぞ。……狩りに行くんだってな

速度を落としたケイに併走したマンデルは、ケイの顔を真っ直ぐに見詰め、

……おれも行っていいか?

†††

地形把握のため草原を走り回り、ついでに兎も仕留めたケイは、マンデルと共に村へ引き返していた。

ぱっかぱっかと、村の駄馬に足並みをそろえ、ケイたちはゆっくりと木立を進む。

……うぅむ

駄馬の鞍に揺られながら、遂に最後まで出番のなかったショートボウを片手に、マンデルが唸り声を上げた。

ケイは、凄いな。……普通、これだけの兎を狩るには、もっと時間がかかる

鞍にまとめてくくり付けた兎を、ぽんぽんと叩く。

そうか?

そうさ。……普通は、な

あまりにも平然としたケイの態度に、マンデルは小さく肩をすくめた。

本来、草原の兎は、狩るのはそれほど容易(たやす)くない動物なのだ。

まず、発見するのが難しい。生息数は多いものの、野山で暮らす種よりも体が小さいため、草陰に隠れてしまうと非常に見えづらいのだ。

そして、仮に見つけられたとしても、今度は弓で仕留めるのが難しくなる。草原の兎は非常に臆病で、自分よりも大きな生物の接近を認めると、すぐに逃げ出してしまうのだ。マンデル曰く、草原の兎を確実に仕留めるには、弓よりもむしろ罠を使う方が一般的であるらしい。

これだけの弓の腕があれば、猟師としても、戦士としても、引っ張りだこだろう。……狩りをするだけでも充分に食っていける

……そうかな

そうだとも。これは、凄いことだぞ、ケイ。……自分の腕で、どんな時でも、家族を養っていける、ということだ

なるほど。……家族、か

マンデルの言葉に、ケイはふと顔を上げる。

マンデルって、家族は、どうなんだ?

今は、娘二人と一緒に暮らしている。……妻は二人目の娘を産んだときに、熱病にかかって死んでしまったよ

それは……

いや、いいんだ。……もう十年も前の話だ

申し訳なさそうにするケイに、マンデルが気にするなと手を振った。

お袋は、俺が結婚するより前に流行り病に倒れた。……親父は、一昨年までは現役の猟師で、元気にしてたんだがな、

あごひげをさすったマンデルは、静かな目で森の奥を見やる。

ある日、『ちょっと見回りに行ってくる』と森へ出かけて行ったきり、帰って来なかった。探しても遺品の一つ、骨の一本も見つからない。……まあ、森に人が呑まれるなんてのも、そう珍しい話じゃないからな。死んだと思うことにした

そ、そうか

まあ、おれはこんなところだ。……ケイは、どうなんだ?

俺の家族か……

マンデルに話を振られ、馬上に揺られるケイは遠い目をする。最後に直接、家族と顔を合わせたのは、何年前のことだろうか。

親父に、お袋に、弟が一人。別に変わり映えのしない、普通の家族だったさ

普通の家族、か?

そう言うマンデルの目は、何処か疑わしげだ。

ああ

しかしそれを意に介さず、ケイはただ頷いた。

本当に、『平々凡々』という言葉がお似合いの、普通の家族だった。むしろその『普通』の中で、ケイの存在だけが浮いていたように感じる。

少し気弱なところのあるサラリーマンの父に、パートで働いていた面倒見の良い母。

引きこもりがちだった弟に関しては、 おれも兄ちゃんみたいだったら思い切りゲームできたのに と言われケイがブチ切れて以来、まともに連絡を取っていないので今はどうしているのか知らないが。

なあ、ケイ。……ケイは、草原の民の出なのか

と、元の生活に思いを馳せていたところへ、マンデルが問いかけてくる。

……。あー、それは、

そこらへんの『設定』はまだ考えていなかったので、ケイは咄嗟の答えに詰まった。ゲームの設定、キャラクターメイキングの際に選択した出自を答えるのであれば、『草原の民』と言っても良かったのだが。

いや、言えないなら良いんだ

しかし、ケイの躊躇いをどう解釈したのか、マンデルはすぐに発言を引っ込める。

独り言を言うとだな。まあ、なんで草原の民の格好をしているのかは、知らないが。……顔に部族の刺青が無い時点で、少なくとも成人の儀を受けていない、外れ者であるのは間違いないわけだ

そう言われて、思わず自分の顔に手を伸ばす。と同時に、ゲーム内の草原の民のNPCは、ことごとく顔に刺青を入れていたことを思い出した。

ちら、とマンデルが横目でケイを見やる。ケイは黙ったまま、目で話の続きを促した。

もう十数年も前の話になる。ダリヤ草原一帯を治める”ウルヴァーン”のクラウゼ公に、恭順を示すかどうかで、草原の民が内紛を起こした。……その争いのとばっちりを受けた平原の民は多い。そのせいでここらでは、草原の民の受けがあまり良くないんだ

……ふむ

一応は決着が着いた今でも、部族同士で揉めることはあるらしいし、盗賊まがいの不義を働く草原の民もいると聞く。連中は、人質を取らないからな。怨みも買いやすい。そういうわけで。……もしおれがリレイル地方を旅するなら、草原の民の格好はしないよう、気をつけるだろうな

……なるほど

最初に村に入った際、警戒態勢にあったとはいえ、やたらと村人たちの態度が敵対的だったのは、そういう理由もあったのかと納得した。

元々ケイの纏う防具類は『草原の民』風のものが多いが、これは単純にキャラの出自が草原の民だったのと、親しかった革防具職人がそういったデザインを好んで使っていたからだ。

独特の紋様や、羽根飾りを多用する様式はケイの好みでもあったのだが、それが他者へ悪感情を及ぼすのであれば、話は変わってくる。

となれば、アレか……この羽根飾りとかは外した方がいいか

そうだな、そうすれば大分……なんというか、マシになる。兜のは、そのままでもいいと思うが