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しかし、 DEMONDAL のサービス開始から三年。プレイヤーの手による”飛竜”の討伐は、未だに片手で数えられる程度しか確認されていない。

その数、僅か五頭。

大手の傭兵団(クラン)が連合を組んで討伐に成功した三頭と、 DEMONDAL サービス開始二周年記念、三周年記念のイベントでそれぞれ討伐された二頭のみだ。

何故、これほどまでに少ないのか―理由はいくつかあるが、最も大きいのは、まず”飛竜”が強すぎることだろう。

でかい、空を飛ぶ、火を吐く。

“飛竜”の特徴を端的に表せばこうなるが、その強さは、もはや凶悪というレベルではない。

まず、“森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)“並の巨体は、それ自体が既に凶器だ。さらに全身が最高の防具の代名詞たる”竜鱗”で覆われており、弱点らしい弱点といえば眼球や鼻の穴、鱗が存在しない口腔くらいしか存在しない。

そこに加えて、飛行能力と、炎の吐息(ブレス)だ。

“飛竜”は戦闘中、滅多に地上には降りて来ない。獲物が息絶えるか、腹にため込んだ可燃性の粘液が底を突くまで、目標の上空を旋回しつつブレスを浴びせ続けるという、その優位性を最大限発揮できる戦い方を好む。

つまり、どうにかして”飛竜”を空から叩き落とさなければ、ブレスに蹂躙されるのみで、そもそも『戦い』にすらならない。

そこで必要とされるのが、弩砲(バリスタ)や投石機(カタパルト)といった攻城兵器だ。囮役が”飛竜”を射線上に誘い込み、投網やロープを投射して翼に絡みつかせ、地面に叩き落としてタコ殴りというのが、“飛竜”狩りの定石とされている。これは、落下時に大きなダメージを期待できるので、かなり有効な戦術だ。ある傭兵団(クラン)が討伐した一頭に至っては、勢いよく頭から地面に突っ込んだ結果、首の骨が折れて即死したらしい。

しかし、有効な戦術であるといっても、飛行中の”飛竜”に原始的な兵器を命中させるのは容易ではなく、そもそも命中したところで上手いこと翼が封じられる保証はない。攻城兵器の攻撃が不発に終わり、再装填を終える前に全てが焼き尽くされ、撤退せざるを得なくなった、というのはよく聞く話だ。

そして、地に堕ちたところで竜は竜、翼が封じられても炎の吐息(ブレス)は健在で、その火力は地上戦においても如何なく発揮される。例え地上戦力が充実していても、水系統の魔術師の加護がなければ、全員仲良く消し炭にされて終わりだ。

“飛竜”を引き付けられる優秀な囮役。

対空弾幕を張るに足る十分な数の攻城兵器。

攻城兵器を運用できるだけの人員。

地上で”飛竜”と交戦する屈強な戦士団。

“飛竜”のブレスを軽減できるだけの、豊富な魔力を持つ水系統の魔術師。

そしてこれらを揃えられる組織力・資金力をもってして、ようやく、“飛竜”と戦うためのスタートラインに立てる。

ワープ魔法やチャットの類が存在しない DEMONDAL では、まず頭数をかき集めて集団行動を取るだけでも一苦労だ。さらに、大勢のプレイヤーがお祭り気分で集う周年記念のイベントならばともかく、平時の”飛竜”狩りでは敵対組織の妨害や嫌がらせも予想され、道中では他モンスター(“森大蜥蜴”、“大熊”)や盗賊NPCなどとも遭遇しうるので、いずれにせよ一筋縄ではいかない。

“飛竜”狩りを企画して、それを実行に移せるだけのプレイヤー集団は、ゲーム内にも数えるほどしか存在しないのが現状だ。

加えて、ゲーム内のマップの探索が進むにつれ、 深部(アビス) と呼ばれる森や高山の奥地で、老衰して死に場所を選ぶ”飛竜”の姿が確認されるようになった。狩りに大規模な戦力を動員するよりも、 深部 の探索に人員を割いた方がコスパが良いと判明したので、近年では”飛竜”狩りをわざわざ決行する傭兵団(クラン)は減少傾向にある。

余談だが、ケイの”竜鱗通し”の材料は、サービス開始三周年記念の”飛竜”狩りイベントで手に入れたものだ。

普段はいがみ合う傭兵団(クラン)同士も、忌み嫌われるPKすらも、皆が手を取り合って一致団結し、果敢に”飛竜”に立ち向かっていくのがこのイベントの醍醐味だ。長年の確執を水に流し、同じ戦場に立つ戦友として助け合い、あるいは肩を並べて一心に剣を振るう。オンラインゲームの原点、ひとつの世界のプレイヤーとして共に戦う高揚が、連帯感が、そこにはあった―

“飛竜”を倒すまでは。

“飛竜”が息絶えると同時に、その連帯感にひびが入り、呆気なく砕け散って崩壊するのは、このイベントのお約束だ。

お友達ごっこは終わりだぜ と暴れ出すPKたち、竜の血を飲もうと殺到するプレイヤーの群れ、それらを横殴りになぎ倒す弩砲(バリスタ)や投石機(カタパルト)の砲弾。敵対組織に向けて攻撃魔術がぶっ放され、矢の雨が降り注ぎ、竜の上によじ登って意味もなく雄叫びを上げていたプレイヤーが飛来した投斧(ハチェット)に打ち倒される。

そんな混沌とした空気をよそに、ケイは竜の血を口にし、翼の腱を剥ぎ取り、ついでに隣のプレイヤーをぶち殺して翼の皮膜を奪い取り、いつの間にか死んでいたアンドレイの遺体を担いで、その場から脱出することに成功した。

それが、十日ほど前の出来事だ。幸いなことにイベント以降、ケイは一度も死亡していない。“竜鱗通し”の使用感を鑑みるに、竜の血の効能は、『こちら』の世界にも持ちこされているようだった。

(アイリーンの言うとおり、俺はかなりラッキーだったな……)

ケイの元々の筋力では、“竜鱗通し”はどうにか実戦でも扱えるというレベルで、ショートボウのような気軽な運用は到底望むべくもなかった。

竜の血の身体強化は死ぬまで有効だが、再受肉(リスポーン)の存在しない『こちら』では、それで十二分に役に立つ。

(俺は充分ラッキーだ……無い物ねだりをしても仕方がない、か)

とりあえず今は、自分のできるベストを尽くそう、とケイはひとり頷く。

結局その後、さらに十分ほどのんびりしたところで、ケイたちは再び出発した。

サスケの背中に揺られながら、ケイはちらりと後ろを見やり、

そうだ、アイリーン。次の町に着いたら、盾を買おう

盾? 何に使うんだ?

決まってるだろ、お前のためだよ。飛び道具対策だ

……え~

ケイは前方を見張っていたが、声だけでアイリーンの嫌そうな顔が容易に想像できたので苦笑する。

いらねーよ、重いし……

邪魔な時は捨てればいいだろ

え~……

あとレザーアーマーも買おう、最低限の胸部だけ守るヤツ。お前の胸のサイズに合うのがあればいいな

んー、小柄な男向けのヤツなら、普通に使えると思う……って、だからいらねーっての!!