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しかし他でもない彼ら自身が、彼らの意志を、立ち位置を表明した。ならば、それに対する返答は、ひとつしかあるまい。

ばくん、ばくんと、心臓の鼓動の音。熱い血潮が全身を駆け巡り、頭の中は燃え滾るようだった。それでいて世界は冷たく、鋭く、どこまでもフラットに収束していく。

右手で、矢筒から一気に、三本の矢を引き抜いた。

上体を逸らし、仰向けに寝転がるようにして、サスケの背に身を横たえる。

遥か後方、天地逆転した視界の中で、ケイの瞳に八騎の敵が映り込んだ。

迷いなど、在る筈もない。

かき鳴らす、まるで楽器のように、左手の強弓。蒼穹に響き渡る死神の音色、三重奏。

草原の民の戦士たちは、閃く銀色の光を知覚した。

瞬間。

先頭から順番に、三人が吹き飛んだ。

―え?

呆気に取られた後続の、一瞬の思考の停止は、ケイに上体を起こし次の矢をつがえる時間を与えた。

馬鹿なッ!

草原の民の一人、壮年の戦士が愕然とした表情で叫び、そしてそれが最期の言葉となった。馬の頭部を貫通した矢がその胸に突き立ち、馬上から身体を吹き飛ばしたのだ。

ッ、散れェ―ッ!!

顔布で表情を隠した戦士のひとりが、逼迫した声で仲間たちに叫ぶ。動きに変化をつけなければ、ただのよい的であると。

それとほぼ同時、カァンッ! と小気味よく響く、快音。

弓の音を耳にして、慌てた顔布の戦士は乱暴に手綱を引いた。主(あるじ)の唐突な指示にも、よく躾けられた草原の民の馬は応える。身体を傾け、速度を殺さずに左へ転進、見事な回避運動を取って見せた。

―そして、そこへ吸い込まれるように、突き立つ矢。

苦痛のいななきと共に崩れ落ちる騎馬、馬上から投げ出された騎手は、 えっ とただ間の抜けた声を上げた。

―なんで。回避運動を取ってたのに。

呆然としたまま、地面に勢いよく叩きつけられる。パキバキィッ、と派手に骨が折れ砕ける音、ごろごろと転がりながら後方へ、景色と共に流れ去っていく。

そ、んな

一部始終を見ていた残りの戦士たちの全身から、どっと冷や汗が噴き出た。

弓(・)の(・)音(・)が(・)鳴(・)っ(・)て(・)か(・)ら(・)の回避であったにも関わらず、矢は狙いを違わずに、標的へ突き刺さった。

これでは―これでは、まるで、未来が見えているかのようではないか。

残りの三人ともが、得体の知れない恐怖に捕らわれて身震いする。

だが、ケイからすれば、それは大したことではない、ただのテクニックだった。

単純に、視たのだ。

散れ と叫んだ直後、顔布の戦士の瞳が左へ動いたのを。

そして手綱を握る左腕の筋肉が、右腕よりも先に硬直するのを。

視線や筋肉の動きから、次の手を予測する。

そんな、近接格闘ならば誰もが使うような技術を、ケイはただ単に、その強力な視力をもって、弓の射程範囲にまで拡張しただけに過ぎない。

が、そんな理屈など知る由もない残りの三人からすれば、それは未知との遭遇、異次元の恐怖であった。

クソッ、化け物めッ!

叫んだ一人が矢をつがえ、弓を一息に引き絞り、放つ。

しかし、それはケイを命中することなく僅かに横に逸れ、代わりに反撃の一矢を呼び寄せた。ドパッ、と水気のある音を立てて首が千切れ飛び、血飛沫が吹き上がる。

ヒッイィイイイィィィッッ!

だっダメだっ逃げ―ッッ!

残りの二人が泡を食って手綱を引き急制動をかけるが、反時計回りに旋回しつつ弓を構えていたケイに、それは悪手以外の何物でもなかった。

カン、カァンと。

それぞれの馬が体勢を整えるよりも速く。

飛来した矢によって、二人の騎手の頭が弾け飛んだ。

……こんなもんか

どちゃっ、と馬上から滑り落ちる遺体を尻目に、ぽつりと呟く。

ケイが最初の一矢を放ってから、おおよそ二十秒。

草原の民の襲撃者、八騎を相手取った戦闘は、終了した。

しかしケイは、それでも気を抜かずに、馬上から、明らかに死亡していると分かる死体以外に、一本ずつ矢を打ちこんでいく。止めの一撃。前回、盗賊を逃がしてしまった反省からだ。例えひと目で瀕死と分かる状態であったとしても、確実に息の根を止める。

また、生き残った馬も同様に、反抗的な態度、及び逃走の意志が見受けられた場合は、容赦なく射殺する。馬は賢い動物だ。下手に生かしたまま逃すと、草原の民の居住地まで戻って仲間を呼んできかねない。『こちら』に来たとき、離れ離れであったケイとアイリーンを、引き合わせてくれたミカヅキのように。

淡々と、機械的に後始末を進めていたケイだったが。

ある一人の草原の民の戦士を見て、その動きを止める。

倒れ伏した愛馬の横で、地面にへたり込んだ一人の戦士―ケイが、回避運動を先読みして矢を命中させた、顔布の戦士だった。

見れば、落馬の衝撃でやられたのか、右腕と左脚が、妙な方向にねじ曲がっていた。

重度の骨折―しかし、死に至るほどではない。そんな状態。

地面に座り込んだまま、痛みを堪えるように荒い呼吸で、涙目になりながらも戦士はキッとケイを睨みつけた。

……女、か

ぽつりと。思わず、といった様子で、ケイの口から言葉が漏れる。

顔布の戦士は、ケイよりも少し年下程度の、若い女だった。

顔には当然のように、草原の民特有の、黒い紋様が刺青で彫り込まれている。しかし、それでも目鼻の作りがはっきり分かる、アジア系の濃い顔立ちの美人だった。よくよく見れば、革の胸当てを押し上げる胸のふくらみや、女性らしい曲線を描く腰つきが目に入る。

ずぐん、と。

血の匂いに麻痺した脳髄の奥で、何か痺れるような甘い感覚が鎌首をもたげるのを、ケイはおぼろげに自覚した。

…………

恐ろしく無表情のまま、じっとこちらを見つめるケイに何を思ったのかは知らないが、身体を引きずるようにずるずると後退した女は、左手で腰の湾刀を抜き放ち、ケイに向けて構える。

ふるふると揺れる刃先、ケイを睨みつける釣り上がったまなじりから、涙が一筋こぼれ落ちた。

くっ……、こっ、殺せッ!

震える声で、叫ぶ。

―言われるまでも、ないことだった。

我に返ったように。

無言のまま矢をつがえたケイは、女の顔面に向けて無造作に一撃を叩き込んだ。

ズチュッ、という湿った音を立て、矢じりが女の右目に深く深く潜り込む。耳と鼻から血を噴き出した女は、糸が切れた操り人形のように仰向けにひっくり返り、そのままカクカクと細かく身体を痙攣させた。命の残滓と呼ぶには、あまりに滑稽な姿。

まるで酔っ払いでもしたかのように、ぐらぐらと視界が揺れている。戦闘時とは異なる、妙に大きく聴こえる心臓の鼓動。この、胸を締め付ける感覚が何なのか、判断しかねたケイは、ただ空を見上げて深呼吸を繰り返した。