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……ケーイ!

と、遠くから、アイリーンの声。弾かれたように前を見やれば、木立の方から、心配げな表情のアイリーンがぱたぱたと駆けてきている。

……終わった、のか?

周囲に散在する死体を前に、青白い顔のアイリーンは、呟くようにして問うた。

ああ。全滅だ

顔布の位置を直しながら、明後日の方向に目をやったケイは、簡潔に答える。

そ、そっか……。うっ

風の向きが変わり、風下になったアイリーンに、鮮血の香りが一気に吹き付けた。口元を押さえ、思わず俯いたアイリーンが、さらに足元に転がっていた女の死体を見て目を見開く。

……女?

……ああ。顔布をしてたから、そうとは気付かなかった。だから、手加減も出来なかった

目を逸らしたまま、ケイは早口でそう言った。

アイリーンと目を合わせるのが、怖かった。

…………

……俺は、他を見てくる

沈黙に耐えかねて、そそくさと、ケイは他の死体の場所へと移動し、物品漁りを開始した。金目の物を集めていると、数分としないうちにアイリーンが側にやってきて、近くの死体にしゃがみこんだ。

……オレも、手伝う

いや、いい。アイリーンはしなくてもいい

紙のように白い顔のアイリーン。明らかに無理をしているのがバレバレだったので、ケイは軽い感じを演出しつつ、その提案を却下した。

でっでも、ケイだけにやらせるなんて、そんな、

あー、それじゃあアレだ、馬が逃げないように見張っといてくれないか。サスケの近くにいるヤツら

もっしゃもっしゃと、近くで草を食むサスケを指差して、ケイ。サスケの周囲では、三頭の馬が尻尾を振りながら、サスケと同じように草を食んでいる。草原の民の乗騎の中でも、特に従順な性格の馬だ。

この三頭は生かして連れて行くことにしたので、アイリーンにはその見張りを担当してもらうこととなった。

……なあ、ケイ

ん?

草原の民の矢筒から質のいい矢を選別していると、アイリーンが声をかけてくる。

何だ?

『こっち』の世界だと、女も、普通に戦うのかな

……さあな。分からん

分からない、としか言いようがなかった。真面目に答えるにはデータが少なすぎるし、今のアイリーンには、答えたくなかった。

ただ、まあ……男だろうが女だろうが、死ぬときは死ぬんだろうな、『こっち』の世界は……

ケイが独り言のように呟くと、アイリーンは そっか と短く返した。

最終的に、多数の質の良い矢に、まずまずの量の銀貨銅貨、そして装飾品など金目の物を手に入れたケイたちは、捕えた馬にも可能な限り生活物資や武具なども載せてから、再び東へ向けて出発した。

ケイはサスケに、アイリーンは特に性格が穏やかな一頭に乗り、他二頭は荷物の運搬役に用いることになった。

道中、あまり会話もないままに、街道に併走するようにして草原を突っ切ること、一時間弱。

丘陵地帯から平地に移り、視界が開けてきたところで、巨大な川―“モルラ川”と、大きな城壁を持つ街が見えてきた。

近隣の村々の生産物が集積され、多くの商人や職人でにぎわう街。

ケイとアイリーンは、城郭都市”サティナ”に到着した。

2013/09/12 交易都市→城郭都市に変更

幕間. Laneza

―どうにも、寂れた村だった。

ダリヤ平原の遥か南、森の奥に切り開かれたささやかな土地。

そこに、ひっそりと隠れるようにして、“ラネザ”の村はあった。

人口五十人に満たないこの小さな村は、極限にまで過疎化が進んだ限界集落だ。過去の戦役で村を連れ出された若者たちは、奇しくも従軍を経て外の世界を知り、あまりにも閉塞的な生まれ故郷に嫌気がさして、その殆どが村には帰って来なかった。

村に戻ってきたのは、外での生活の口が見つからなかった者と、戦死者の遺品だけ。

残った住人のみでの村の再興には限界があり、元々大した特色もなく、しかも街道から大きく外れていたラネザの村は、あっという間に廃れていった。

時代から取り残された村。

税務官ですら、税の徴収に来るのを忘れてしまうような、辺境の地。

ここ十年で人口はさらに落ち込み、住民の半分以上が老人となってしまった今、ラネザ村の消失は、時間の問題と言えた。村人たちに、それを自力で解決する方法は残されていない。交通の便も金回りも極端に悪いこの村を、わざわざ訪ねる物好きなど、そもそも存在しなかった。

―彼(・)ら(・)を除いては。

森を貫く一本道、ずるずると身体を引きずるようにして、互いで互いの身体を支え合いながら、のろのろと歩く二人組の姿があった。

一人は、右肩にどす黒く変色した包帯を巻いた、背の高い茶髪の男。

もう一人は、顔の下半分を黒布で覆い、杖代わりの木の棒にすがりつくようにしながら、ぎこちなく歩くやつれた男だ。

二人ともが、全身黒ずくめだった。足には黒染めの革の脛当て、腕には同じく黒革の小手。右肩を負傷した男は長剣を、もう一人は血塗れの短剣を、それぞれに腰に差しているが、それ以外には何も荷物を持たなかった。その身一つで、命からがら逃げ出してきた―そんな、印象。

人目を避けるようにして、男たちは薄暗い森の中を進む。過疎化の進んだ村には、殆ど人影は見えなかった。しかしそれでも、何人かの村人は彼らの姿を見咎め、―そのまま何も見なかったことにするかのように、目を逸らす。

そんな村人たちに構うことなく、男たちは歩き続けた。村外れに向かって森を抜けると、やがて開けた空間に出る。

そこは、墓地であった。

ぽつぽつと等間隔で並ぶ、草花に覆われた盛り土。墓標代わりに打ちつけられた木の棒、その間を縫うように、よろよろと墓守の家に向かった。

墓守の家―堅牢な造りの、大きな家だ。村の小さな木造の家々とは違い、質の良い石材でしっかりと基礎が組まれている。寂れた過疎集落の墓守にしては、分不相応なまでに贅沢な住処。

二人組のうち、右肩を負傷していた方が、なけなしの力を振り絞るように、左手で玄関のドアノッカーを打ち鳴らす。

一定のリズムを持って叩かれるそれは、明らかに符丁とわかる特殊なノックだった。家の中でガタガタと椅子を引く音が響き、扉が僅かに開かれる。

隙間から外を窺うように顔を出したのは、灰色の髪に長いあごひげを蓄えた、まるで隠者のような老人だ。立っているのもやっと、と言わんばかりにボロボロな状態の二人組を見て、老人は僅かな動揺を顔に浮かべつつ、ひとまず彼らを中へと招き入れる。

パヴエル? それに―そっちはラトか? どうしたんじゃその格好は