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そのまま見る見る間に、空の果てへと、飛び去っていった。

パヴエルくんです(元気な頃の)。

追記. 2018/09/06

改稿しました。パヴエルくんのヴィジュアルは改稿前の描写に基づいております。

改稿前はオッドアイではありませんでした。

17. Satyna

―では、一週間後にまた鑑札を切り替えるように。次ッ!

大きな声が響き渡り、ぞろぞろと、長い行列が僅かに前へ進む。

あぁ~……。いい加減、待ちくたびれたぜ

全くだ

その列の中ほど、騎乗で隣り合ったケイとアイリーンは、うんざりとした表情で溜息をついた。ケイたちの前後に並ぶ、馬車の手綱を握る商人や馬に跨った傭兵、家畜を連れた農民と思しき人々も、みな同様に待ちくたびれた顔だ。

サティナの街に辿り着いてから、およそ一時間。

草原の民の襲撃の後は、特に何のトラブルにも見舞われなかったケイとアイリーンであったが―サティナで二人を待ち受けていたのは、正門前での長蛇の列、まさかの交通渋滞だった。

城郭都市サティナ。

四方に堅固な石造りの壁を備え、東に雄大なモルラ川を望むこの街は、周辺の村々の租税や生産物が集積する一大交易拠点だ。

モルラ川を介した河川舟運に加え、東西南北の街道が交差するという地形の妙、さらに良質な木材の生産地であることも加わって、職人や商人たちが一堂に会するリレイル地方南部の経済の中心地といえた。

サティナの城郭には、玄関口として四方に大きな市門が設けられている。モルラ川の船着き場専用である東側を除いた、西・南・北の市門が陸からのアクセス経路だ。

サティナから西、タアフの村の方角から来たケイたちは、当然のように西門をくぐろうとしたのだが―そこで、門番から待ったが掛かった。

曰く、家畜や馬の類は、鑑札なしで門を通すことはできないとのこと。ひとまず南の正門に行き、一頭当たりにつき所定の金額を払った上で、鑑札の発行手続きをする必要があるらしい。

要は、家畜及び騎乗生物にかけられる税金だ。

城郭の外には、サティナ北西部のスラム街を除き家屋が存在しない。スラムに馬を預けられるような施設があるはずもなく、かといって外に放置も論外だったので、ケイたちは南の正門に向かわざるを得なかった。

そして目にしたのが件の長蛇の列、というわけだ。

鑑札を手に入れるために、大人しくケイたちも並んだが、かれこれ一時間以上待たされているというのに未だ門まで辿り着けていない。手続きが煩雑なせいもあるのだろうが、税金を払えない者や横入りを試みる者のせいでもトラブルが頻発しており、鑑札の発行が更に遅延している。そこに加えて、一部の特権階級と思しき者たちは、列を無視して優先的に手続きを済ませ門をくぐっていくので、苛立ちは募る一方だった。

しかし、待っていれば、その時はいつか訪れる。

―では、以上の点に気をつけるように。次ッ!

前にいた荷馬車の商人が手続きを終え、とうとう次はケイたちの番だ。

門の下では、短槍を手にした数人の衛兵が、厳しい面持ちで門の前後を固めていた。

衛兵たちの装備は白染めの革鎧で統一されており、胸当てには心臓の上あたりで交差する左寄りの十字が描かれている。その白と黒のコントラストは、どこか日本の警察のパトカーを連想させた。

……お前、草原の民か?

衛兵の一人、この場の責任者らしい年配の黒ひげを蓄えた男が、胡散臭げな視線でケイを見やる。

いや、違う。この顔を見ればわかるだろう

サスケから降りながら、ケイは自分の顔を指差してあっけらかんと答えた。ケイの顔に草原の民の刺青はなく、装備している鎧は羽飾りの類などを排除してあるので、独特の紋様を除けば普通の革鎧とそう大して変わらない。

ふン。随分と多く、草原の民の武具を持っているようだが。これはどうした?

ここに来る途中で襲われてな。返り討ちにして剥ぎ取った

……全部か?

ああ。八人だった

二頭の馬に満載された武具を、じろじろと観察していた黒ひげの衛兵だったが、それらにこびり付いたどす黒い血に目を細め、鼻を鳴らした。

……まあ、いい。お前たち、どこから来た?

タアフの村から

目的は?

手紙の配達を頼まれた。後は買い出しやら何やら……色々だ

腰のポーチから、ベネットに託された封筒を取り出して見せる。

貸してみろ

ケイから封筒を受け取った黒ひげが、封蝋―ケイは知る由もないが、村や街ごとに模様が決まっている―を指で軽く撫で、裏側のベネットのサインを確認した。

ふン、まあ、本物のようだな。最後に軽く所持品を検査するぞ、いいな?

それは確認というよりも、命令だった。数人の若い衛兵が手際良く馬の荷物をチェックする傍ら、ぽんぽんと軽くボディーチェックのようなものも為される。

何のチェックだ、これは?

麻薬だよ。最近サティナ(ウチ)で流行ってんだ、取り締まりを強化しろとのお達しでね

ケイのチェックを終えた黒ひげが、小さく肩をすくめた。

さあ、じっとしてろ!

えぇっ、オレもかよ?!

ケイの隣、若い衛兵がアイリーンににじり寄る。ぎょっとしたアイリーンは、思わずといった様子で壁際に逃げた。

おいッ、逃げるな! 貴様、さては何か隠し持ってるな!?

こんな薄着で何をどこに隠せってんだよ!?

薄手のチュニックをひらひらとさせながら、赤い顔でアイリーン。しかしそれをよそに、手をわきわきとさせた若い衛兵が、じりじりと距離を詰める。目をぱちくりとさせたケイが困り顔で黒ひげの衛兵を見やると、 ふぅン と溜息をついた彼は、

おいニック! そんな鼻の下伸ばして、下心丸出しの顔してたら嫌がられるに決まってンだろうが! 俺のお袋でも嫌がるぞ、今のお前はな!

こつん、と若い衛兵の頭を小突き、その言いように周囲の衛兵たちがどっと笑い声を上げた。

悪いが嬢ちゃん、これも規則でな

ケイに対するそれよりも幾分か柔らかい態度で、黒ひげの衛兵が手際よくアイリーンの全身をチェックしていく。それに対しアイリーンは、ただ人形のように固まっていた。

よぅし、特に変な物は持ってないな

紳士的かつ事務的に、さっさとチェックを終わらせた黒ひげは、ぱんぱんと手を払いながら小さく笑みを浮かべる。

さてと、それじゃあ金勘定といきま―

―隊長! こいつら変なもん持ってます!

馬の荷物を検めていた衛兵が叫んだ。笑みを消し、 はぁ? と声を上げる黒ひげ。アイリーンの乗騎、荷袋から引きずり出されたのは、青い液体の詰まったガラス瓶―高等魔法薬(ハイポーション)だ。ケイとアイリーンが同時に、 あ という顔をする。

お前ら、……何だコレ。本当に『変なモノ』だな