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はい、お待ちどぉ。ソーセージの盛り合わせに三種のチーズ、スープ二人前、あとパンね~

おお~

腹減った!

手際良く、娘が木の器をテーブルの上に並べていく。肉汁を垂らし、香ばしい匂いを漂わせるソーセージに釘付けになるアイリーン、娘がかがんだ際に見える胸の谷間に視線が吸い寄せられるケイ。

ごゆっくりぃ~

ぱちり、とケイにウィンクした娘は、手をひらひらとさせながら厨房の奥へと戻っていった。 さあ、早く食べようぜケイ! と急かすアイリーンに、ふりふりと揺れる娘の尻を眺めていたケイは ああ…… と生返事を返す。

イタダキマス!

ぺし、と合掌したアイリーンが おっ、これウマい! と食べ始めたので、はっと我に返ったケイも、慌ててフォークに手を伸ばした。

それから存分に飲み食いし、満腹になったケイたちは二階の部屋へと引き返す。

部屋は、広めの四人部屋を二人で使う、という贅沢をしていた。ケイたちの泊まる”BlueFish”亭は裕福な庶民向けの宿屋なので、大商人や貴族向けの高級宿とは違い、個室などは存在しない。部屋は二人部屋、四人部屋、大部屋(雑魚寝)の三種類のみだ。

そしてケイたちの場合、二人連れではあるものの、草原の民から奪った武具などの大荷物を抱えていたため、二人部屋だと狭すぎて荷物の置き場所がなく、苦肉の策として運良く空いていた四人部屋を取っていた。

あ~今日は疲れたな~

部屋の中、入って左手のベッドにアイリーンがダイブする。そして、スプリングの利いたマットレスではなかったがために、ドスッと音を立ててモロに衝撃を食らい うっ と痛そうな声を上げた。

ケイはそんなアイリーンに苦笑しながら、手にしていたランプを天井の鎖にぶら下げる。揺れる炎の薄明かりが、仄かに部屋を照らし出した。床や余ったベッドの上に、所狭しと置かれた荷物。雨戸の閉じられた窓、わずかな隙間から、殆ど暗くなった夕焼けの空が見える。外から聴こえてくる、酔っ払いの喧騒に、吟遊詩人の歌声。

腰に付けていた長剣の鞘と”竜鱗通し”を入れていた布製のケースを枕元に置き、ケイも右側のベッドに腰掛けた。

ほっ、と。

強張っていた身体から、硬い芯が抜けていくような。そんな安心感があった。

……ホント、疲れたな

ぽつりと呟いた言葉には、万感の思いがこもっている。今朝、それこそ十数時間前に出発したというのに、タアフの村を出たのがもう随分と前の出来事のように感じられた。

ぅん……

小さく、呻き声を返したアイリーンは、すりすりと枕に顔を擦り寄せて、見るからに眠たそうだ。

もう寝るのか?

ん……ねむい。……シャワー、したいけど、ないし……水浴びも、ちょっと……ここじゃやだ……

あー、そうだなぁ

“BlueFish”亭は石造りの三階建て、上から見ると口の字をしている。真ん中の部分の空き地に井戸とトイレがあり、水浴びならばそこですることになるわけだが、それが四方の客室の窓から丸見えになっているのだ。この世界の住人ならばともかく、まだ『こちら』の環境に慣れていないアイリーンには、少々酷だろう。少なくともケイの知る限り、アイリーンに露出癖はない。

まぁいいや……、とりあえず今は、ねる……

むにゃ、とシーツを手繰り寄せたアイリーンは、眠気に抗うのをやめて本格的な睡眠態勢に入った。エールのあとは専ら、葡萄酒の杯をかぱかぱと空けていたアイリーンだったが、流石のロシア人といえどもほろ酔い気分になってしまったらしい。疲れていたのもあるだろうが、すぐにすやすやと寝息を立て始める。

おーい、アイリーン……。寝ちまったのか?

ケイが声をかけても、全く反応はない。

…………

沈黙。

喧騒から離れた静けさとともに、ゆったりと時間が流れ出す。

ランプの火のか細い灯り。薄暗い部屋の中。

しかしケイの瞳には、アイリーンの姿が鮮やかに浮かび上がる。

寝台に横たわる細い体。シーツに浮かび上がる、しなやかで女性的な腰のライン。その身が羽のように軽く、そして柔らかいことを、抱きとめたことのあるケイは感覚として知っている。ふわりと、花のように蠱惑的な香りが鼻腔をくすぐった。アルコールのせいだろうか、アイリーンの寝顔も、微かに赤らんで見えた。ポニーテールのままほどき忘れた金髪、白く覗くうなじ、白磁のようになめらかな肌。頬にかかる前髪が、唇から洩れる呼気に揺れている。唇。桜色の、艶めかしく、まるで花弁のように可憐な―

……んぅ

むにゃむにゃ、とアイリーンが寝返りを打った。

その頬にかかる金髪を、指で払ってあげようとしていたケイは、はっと我に返ってアイリーンから距離を取る。

そして、まるで誘蛾灯に誘われる羽虫のように、自分が彼女に吸い寄せられていたことに気付いた。

……いかん

ぺし、と額を叩いたケイは、困ったような顔でアイリーンを見下ろす。

『……。無防備すぎんだよ』

ぼそりと、日本語で。溜息をつき、こめかみを押さえたケイは、 アンドレイアンドレイアンドレイアンドレイ…… と呪文のように唱えた。

……よし。寝よう

フッとランプの火を吹き消し、勢いもそのままにベッドに横たわる。もぞもぞと、アイリーンに背を向けて、暗闇の中そっと目を閉じた。

やはり、何だかんだ言って、ケイも疲れていたのだろう。

……ぐぅ

何かに思い悩む暇も、思い悩まされる暇もなく、吸い込まれるようにして深い眠りへと落ちていった。

†††

翌日。

慣れない旅の疲れから、結局昼前まで揃って惰眠を貪っていたケイたちであったが、一日寝て過ごす訳にもいかなかったので、何とか気持ちを奮い立たせ行動を開始した。

一階の酒場で遅めの朝食(ブランチ)を取り、街へ繰り出す。アイリーンの防具や盾を見繕ったり、ミカヅキの遺品の皮を加工する職人を探したりと、やらなければならないことは沢山あるが、まずはベネットに頼まれた手紙の配達を終わらせてしまうことにした。

壁の内側、碁盤目状に区画整理されているサティナの街は、十字に走る大通りを境に、大きく四つの地区に分けられる。

まず、南の正門から入って右手側、真ん中から南東の区画が、貴族や大商人の邸宅が並ぶ高級市街だ。壁際の角の部分には堅固な造りの領主の館があり、また壁の外側にはモルラ川の水を引いて造られた人工湖と、その真ん中にそびえる防御用の塔がある。仮に外敵がサティナを攻撃した場合、この小さな湖と防御塔を攻略しない限りは、領主の館がある南東側を容易く攻めることができないというわけだ。

逆に、正門から入って左手側、南西のエリアは、商店が立ち並ぶ商人街となっている。ありとあらゆる種類の店が開かれており、日々あらゆる商品が捌かれるそこは、サティナの街の中で最も活気に満ち溢れた区画といえよう。