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その対角線上、街の北東部、東の船着き場の門から最も近いエリアは、物作りの中心地たる職人街だ。職人たちが腕を振るう工房の他、酒類の醸造所や食料・物資の倉庫街も兼ねており、静かながらも賑々しい雰囲気を漂わせている。

そして最後が、北西部の旧市街だ。ここには職人見習いや別の区画で働く小間使いたち、あるいは公益奴隷たちの住処があり、サティナの中で最も混沌とした空気のエリアとなっている。北西部の壁の外側、地面に埋め込まれるようにして走る下水道の周囲にはスラム街が形成されているため、それに引きずられた旧市街の治安は、他の区画に比べるとあまり良いとはいえない。

ベネット曰く、手紙の届け先である娘のキスカは、木工職人の元に嫁いだらしいので、ケイとアイリーンはひとまずサティナの職人街へ向かった。

この街、衛兵(ガード)がホント多いよなぁ

人通りの少ない静かな道。そこですれ違った警邏の三人組を見て、アイリーンが感心した声を出す。

街の中では、頻繁に白い革鎧の三人組を見かけた。治安維持のために、警邏隊を組んでいる衛兵たちだ。門番同様、白染めの革鎧を装備する彼らは、腰に警棒とレイピアを差し、周囲に油断なく鋭い視線を向けている。

装備が統一されているのは、潤沢な資金の証。

そのきびきびとした所作は、訓練が行き届いていることを表す。

城郭都市サティナ、その組織力の一端だ。

すまない、そこの方、我々は『キスカ』という女性を探しているんだが……

あ、お爺さん、ここら辺で『キスカ』って名前の女の人、知らない?

そんな調子で、住人たちに聞き込みを続けたケイとアイリーンは、結果としてキスカが『モンタン』という名の職人と結婚していること、その『モンタン』の家が職人街の西側にあることを突き止めた。

一路、職人街の西へと向かう。

えーと、大通りから一本右手側、だったか?

パラディー通りだろ。あ、見っけた、アレだ

パラディー通りの十二番、十二番っと……

壁に記された数字のタイルを辿っていくと、とうとう目的地に到着した。

茶色のレンガで組まれた、二階建ての家。

軒先に吊るされた看板は、テーブル型にくり抜かれた板に、三本の矢の模様―

間違いない。聞いていた『モンタン』の工房の特徴に一致する。

さて、と。着いたみたいだが……

手の中の手紙をひらひらとさせながら、しかし工房を前に、ケイは困惑顔だ。

なんか……あれだな? ケンカしてる?

小首を傾げたアイリーンが、端的に状況をまとめた。

モンタンの、工房前。

ケイとアイリーンが出くわしたのは、何やら顔を真っ赤にして言い争う、二人の男の姿であった。

城郭都市サティナ編、スタートです。

18. 職人

―ですから、まず前の分を返してから言ってください!

工房の前。茶色のバンダナを締めた細身の男が、声を荒げた。

それができないから、こうして頭を下げてるんだろう!?

それに対し、黒い癖毛のゴツい体格の男が顔を真っ赤にして応じる。

前もそう言ってたじゃないですか! これでもう何回目ですか!

じゃあどうしろってんだ、俺に飢え死にしろってのか!?

飢え死にする前に、まだ出来ることはあるでしょう!? 身の回りの物を売るなり、家を売るなり! ちょっとは努力して下さいよ!

してるさっ! 俺なりに努力してる! だが家だけは勘弁してくれ、あれを売るのは最終手段だ! 頼むよッ、本当に困ってんだ!

その台詞も何回目ですか! もう帰ってください!

お前ッ、兄弟子に向かってその言い方はないだろうッ!

うんざりとした様子のバンダナ男に、口角泡を飛ばす勢いで詰め寄るゴツい男。

(……金の話か?)

(みたいだな)

それを遠巻きに見守りながら、ケイとアイリーンはひそひそと言葉を交わす。

先ほどから言い争う二人を眺めているが、どうやら 金を貸してほしい 貸すつもりはない という押し問答を繰り返しているようだ。バンダナ男のうんざりした様子を見るに、おそらくこれは、一度や二度のことではないのだろう。しかも借りた分はまだ返済していないと見える。 次にまとめて返すから! とゴツい男は言い張っているが、傍目から見ても信用度はゼロだった。

―ああ、わかったよ、お前の気持ちはわかった!

と、その時、大声を上げたゴツい男が、腕を組んでどっかとその場に座り込んだ。

お前が力を貸してくれないなら俺は終わりだ! 路地裏で野たれ死ぬくらいなら、このまま、ここで死んでやるッ!

道の真ん中で胡坐をかき、そのまま石のように動かない。うわぁ、と呆れ顔のアイリーン、 とんだ開き直りだな…… とケイも閉口する。

……ああ、もう

なんと鬱陶しい、と言わんばかりの顔をしたバンダナ男が、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえて溜息をついた。

そしてその拍子に、道の外れに佇むケイとアイリーンの姿に目を止める。

……ん、なんだ。お客さんか?

続いて、座り込んでいたゴツい男もケイたちに気付き―ニィッ、と厭らしい笑みを浮かべた。

あ~……お取り込み中のところ、大変申し訳ない。モンタン氏の工房は、ここで合っているだろうか?

遠慮がちにケイが問いかけると、

ああそうさ! ここが腕利きの職人、モンタン様の工房よォ! 千客万来で羨ましい限りだなァ、ああ?

ゴツい男がへらへらと笑いつつ、横目でバンダナ男を見やる。

……私が、モンタンですが。何か御用ですか?

忸怩たる表情で、バンダナ男―モンタンがケイたちに向き直る。ケイは一瞬、答えに詰まった。とてもではないが、呑気に 郵便でーす などと言い出せない険悪な空気。何より、先ほどからニヤニヤと厭らしい笑みを向けてくる、ゴツい男の存在が気になって仕方がない。ちらりとそちらに目をやるケイ。

それは一瞬、ほんの一瞬の沈黙であったが、ケイの視線から、その困惑を敏感に感じ取ったモンタンは、

ああっ、もう……! すみません、少々お待ちを

くるりと背を向け、乱暴に工房の扉を開けて中へと消えていく。がさがさ、と棚を探るような音、

ほらっ、これでいいでしょう!

苛立ちも露わに、再び姿を現したモンタンが、座り込むゴツい男の眼前に小さな巾着袋を投げつけた。袋の口が開き、ちゃりんちゃりんと音を立てて、数枚の銀貨が石畳にこぼれ落ちる。

それで最後です! もう貴方に義理立てするつもりはありません、二度とです!

侮蔑の色を隠しもしないモンタンに、しかしこぼれた銀貨を拾い集めながら、ゴツい男は卑屈な笑みを浮かべ、