へへっ……。ありがとう、ありがとうよ。これできっと、どうにかなる。流石は俺の頼りになる弟弟子だ……。必ず、借りは返すぜ
その言葉に、 どうだか と言わんばかりに鼻を鳴らしたモンタンは、厳しい表情のまま口を真一文字に結び、何も答えない。
ゴツい男は大事そうに巾着袋を懐に仕舞い、ヘコヘコとしながら旧市街の方へと去っていった。
……はぁ
憂鬱な溜息をつき、バンダナを外したモンタンは、ばさりとくすんだ金色の髪をかき上げて、改めてケイに向き直った。
すみません。お見苦しいところを
ああ、いや……
それで、どんなご用件で?
爽やかな営業スマイルを浮かべるモンタンに、ケイは思わず顔を引きつらせる。これはこれで、呑気に 郵便でーす と言い辛い空気。
こちらこそ申し訳ない、それほど大した要件ではなかったんだ……。俺の名前はケイという。実は先日、タアフ村に立ち寄った際に、ベネット村長からあなたの奥さん宛てに、手紙を預かっていたのだが……
恐る恐る、手の中の封筒を見せる。ケイからそれを受け取ったモンタンは、裏側のサインを見て おっ! と声を上げた。
久しぶりだなぁ、お義父さんからか! わざわざ届けて下さったんですか? ありがとうございます
予想に反して、思わぬ喜びようだ。頭をぼりぼりとかいたケイは、気まずげに視線を逸らし、
いや、すまなかった。ただの手紙の配達だったのに……
え?
先ほどの……。結果として、俺が急かした形になってしまったから、金を貸す羽目になったしまったのかと……
ゴツい男が去って行った旧市街の方を見やりながら、ケイがそう言うと、モンタンは ああ と得心したように頷いた。
いえ、お気になさらず。こちらが貸さないと見ると、本当にあそこから動きませんからね、あの人は……。商売の邪魔になりますし、遅かれ早かれ、貸すことにはなったと思います
諦めたような顔で、小さく笑うモンタン。
ところで、お二人はタアフの村からいらっしゃったんですよね? お義父さんはご壮健でしたか?
ああ、ベネット村長ならば、お元気そうだった
そうですか、何よりです。……よろしければ、妻に村の様子を話してやって頂けませんか? もうしばらく里帰りもしていないので、村の話を聞ければ妻も喜ぶでしょう
モンタンの言葉に、ケイとアイリーンは顔を見合わせる。
オレは構わないぜ?
ならいいか
手紙を届けた後は、職人街の防具屋や革製品屋を見て回る予定だったが―モンタンが職人ならば、ミカヅキの皮を加工するのに、腕のいい革職人を紹介してもらえるかもしれない。
ここで仲良くなっておくに越したことはないな、と踏んだケイは、モンタンの申し出を受けることにした。 立ち話もなんですから、中へどうぞ と招き入れられ、ケイとアイリーンは言われるがままに工房へと上がり込む。
すっきりと、洗練された空間。
職人の工房と聞いて、勝手に雑然とした作業スペースをイメージしていたが、モンタンのそれはケイの想像と全く異なっていた。
上品にコーディネートされた精巧な木工細工や、レースで飾り付けられたお洒落な家具。板張りの床には木屑なども落ちておらず、奥の作業場も整理整頓が行き届いている。工房、というよりはむしろ商店といった印象。ケイは幼い頃に訪れた、家具屋のショールームを連想した。
おーい、キスカー! お義父さんから手紙だぞーっ!
モンタンが奥の部屋に呼び掛けると、 はーい と声が返ってくる。パタパタと足音を立てて、白い前掛けで手を拭きながら出てきたのは、ややふっくらとした体格の若い女だった。
父さんから手紙!? 久しぶりね! ……あら、お客さん?
この方たちが、手紙を届けてくださったんだ
それはまぁ! わざわざありがとうございます。キスカです
ケイたちにぺこりと一礼するキスカ。肩のあたりで切りそろえられた栗色の髪が、さらさらと揺れる。栗毛―ダニーやクローネンとも同じ色。ベネットは白髪だったので分からなかったが、これが彼女らの家系の髪色なのかもしれない。
いや、気にすることはない。俺達もついでに立ち寄っただけだからな……
そう言うケイをよそに、モンタンから手紙を受け取ったキスカが、 ボリスは? と小声で尋ねる。渋い顔で 帰らせたよ と答えるモンタン。ふぅん、と曖昧に頷きながら、キスカは手紙の封を切って熱心に読み始めた。
(……ボリス?)
(さっきの男のことじゃね?)
こちらも小声で、ケイとアイリーン。
…………
手紙を読みふけるキスカ、それを見守るモンタン。大きく開かれた窓から、そよ風が吹き込む。二人に釣られるようにして、ケイたちも無言だ。アイリーンは興味津々に、天井からぶら下げられた木製の風鈴―風が吹き込むたびに、ころんころんと木琴のような優しい音を立てる―を触ってみている。なんとなく、その姿は、猫じゃらしに手を伸ばす猫を連想させた。
暇なので、ケイも工房の中を見て回る。ニスが塗られ、ぴかぴかに磨き上げられた木のテーブル。滑らかな縁を撫でつけると、蔦の装飾の彫り込みが、するすると指に心地よい。レースのテーブルクロス、その上に整然と並べられた木工細工。木の枝にとまる鳥を模した置物、風に吹かれて向きを変える風車の飾り。いずれも繊細で、精巧な造りだ。モンタンの腕前が見て取れる。
壁の方へと、目を転じた。これもモンタンの作品なのだろうか、絵の入っていない額縁がいくつも飾られていた。素朴でありながら、しかし安っぽくはなく、中の絵を引き立てるであろう控え目なデザイン。
(……基本、金持ち相手の商売か)
凝った装飾の家具といい、実用性のない置物といい、いずれも一般人は手を出さないような物ばかりだ。おそらく富裕層に金払いの良い客がいるのだろう―とそんなことを考えていたケイは、ふと工房の隅の壁面に飾られた、『それ』に目を止める。
―矢だ。
金箔で豪奢な装飾を施されたもの、矢じりが特殊な形状をしているもの、質素だが堅実な拵えとなっているもの。
様々な種類の矢が、壁に掛けられていた。
……何か、お気に召す物がありましたか?
と、すぐ傍から声。はっとして見やれば、ニコニコと笑顔を浮かべたモンタンが横から覗き込んでいる。
ああ……矢も作られているんだ、と思ってな。つい見ていた
思ったより、矢を眺めるのに熱中していたらしい。モンタンの接近には全く気が付かなかった。小さく笑みを浮かべ、照れたように頭をかきながらケイが答えると、苦笑したモンタンは、
矢『も』作っている、というより……それが本業ですね
ほう、それは。本職だったのか