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本来ならば、この案内役はモンタン本人がする予定だったのだが、今朝工房を訪ねたところ、貴族関連で急な仕事が入ったらしく、モンタンもキスカも準備にてんてこ舞いになっていた。

そこで、代わりとなったのがリリーだ。昨夜のうちにアイリーンを おねーちゃん と慕うようになっていたリリーは、快く案内役を引き受けてくれた。ついでとばかりに、張り切って街の見どころを紹介する親切心を、ケイとアイリーンは微笑ましげに見守っている。

つづいて、こちらが初代領主さま、『パトリック=ハイメロス=サティナ=バウケット伯』の銅像でーす

おおー

街の広場、仁王立ちで空を指差す良い笑顔の男の銅像を見上げ、ケイとアイリーンは再び感嘆の声を上げてみせた。

サティナの観光は、今しばらく続く―。

それにしてもリリーは、随分と街の歴史に詳しいんだな

名所をあらかた見終わり、職人街の一角を歩きながら、感心した様子でケイは言った。

それはお世辞ではなく、本心からの言葉だ。リリーは、その年齢ゆえに言い回しこそ少々つたないものの、名所の解説には専門的な単語が頻繁に登場し、またその歴史的背景もよく理解しているようだった。両親がイギリス系でバイリンガルのアイリーンは、問題なくリリーの話を理解できているようだったが、後天的な英語話者であるケイには分からない語彙も多く、そのたびに十歳児に解説を頼む羽目になるのは何とも情けない気分だ。

アイリーンの手を引いて歩くリリーは、 ふふん と得意げな笑みで、

マクダネルせんせーの塾で、いっぱい勉強してるの!

マクダネル?

うん。コーンウェル商会で、『めきき』をしてる学者さん。歴史にとってもくわしいんだよ!

小首を傾げるケイに、意気揚々とリリー。コーンウェル商会といえば、昨夜の夕食時にも話題に挙がっていたが、確かモンタンの取引先の中でも最大手の商会のはずだ。

ほう。塾に通わせてもらってるのか

うん。一年くらい前に、パパの知り合いが、せんせーを紹介してくれたの。ママに読み書きは教わってたから、お話をしてみたら、『なかなか見どころがある』って、せんせーが。いまは、歴史と算数をやってるよ! お友達もできたし……

と、そこで、楽しげだったリリーの顔が曇る。

でも、おかねもちの家の子は、ときどきパパのこと馬鹿にするから、あんまりすきじゃないな……

お父さんのこと馬鹿にするのかー。それは悪い子だな!

わしゃわしゃと、アイリーンが元気づけるように、リリーの頭を両手で撫で回した。くすぐったそうに身をよじらせたリリーが、お返しとばかりにアイリーンの脇腹に手を伸ばす。 あひゃひゃやめてッ脇腹は弱ッあはははっ! と悶絶するアイリーンを、ケイは後ろから生温かい目で見守っていた。

……でも、『おおきくなったらお友達にはなれないから、今のうちに仲よくしときなさい』って、ママが言ってたー。だから、仲よくするの

偉いな! それがいい

リリーは、大人だな……

えへへ、わたしおとなー!

そんなことを話しているうちに、職人街の東、目的の革工房に到着した。

コナーおじさーん! お客さんだよー!

木の扉を開けながら、リリーが大きな声で呼びかける。革製品独特の湿った匂い。

薄暗い工房の奥で、革を太い針で縫いつけていた職人が、リリーの姿を認めてにっこりと微笑んだ。

おや、リリーか。今日も元気かー?

うん! おじさんは?

元気いっぱいさ!

革を机に置き、ふんっ、と力こぶを作りながら登場したのは、五十代前半ほどの樽のような体形の男―革職人のコナーだ。革の前掛けを盛り上げて、でっぷりと突き出た腹は絵に描いたようなビール腹、白髪は両側の生え際が大幅に後退しており、それは俗に言う、M字禿げという奴だった。

それで、お客さんかね?

うん、パパがね、コナーおじさんに紹介して、って

ほうほう、なるほどな。いらっしゃい、お二人さん。モンタンの紹介とあっちゃぁ、無下にはできねえな

ニカッ、と野性味のある笑顔で、右手を差し出すコナー。そのゴツゴツとした職人の手を握り返しながら、 よろしく、ケイだ オレはアイリーン と簡単に挨拶を済ませる。

それで、用件は?

うむ、実はこの皮の加工をお願いしたいんだが―

と、ケイが持参していたミカヅキの皮を取り出したところで、ゴーン、ゴーンと時計台の鐘の音が響き渡る。 あっ と声を上げたリリーが、くいくいとアイリーンの服の袖を引っ張った。

おねーちゃん、おにーちゃん、ごめんね。わたし、そろそろおうちに帰る

そうなのか?

うん。午後から、せんせーの塾があるの。ごはんたべて用意しないと

そっかー

至極残念そうなアイリーンが、 おうちまで送ろうか? と提案するも、リリーは首を横に振った。

だいじょーぶ、そんなに遠くないし。ひとりでも帰れるよ!

そっかー。わかった、気をつけてな!

うん! コナーおじさん、おねーちゃんたちをよろしくね。おにーちゃんも、またねー!

リリーはポニーテールを揺らし、ぱたぱたと慌ただしげに走り去って行った。

……本当に大丈夫か?

旧市街ならともかく、ここらは衛兵(ガード)が多い。近所もみんな顔見知りだしな、悪いこたぁできねえよ

それでもまだ心配げなアイリーンに、肩をすくめながらコナー。心配しなさんな、と笑って肩を叩かれ、 そうか と渋々、アイリーンは納得の様子を見せる。

話の腰が折れたな、それで?

ああ、この皮なんだが、思い入れのある品でな……

その後、しばらくコナーと話し合った結果、ミカヅキの皮は非常に質が良いとのことで、ケイとアイリーンにそれぞれ一つずつの革財布を作ることとなった。

それで、どのくらいで出来る?

そうさな、……まあ余裕を見て四日ほど貰おうか

ケイから受け取った銅貨と小銀貨を、手の中で転がしながらコナーが答える。

四日か……思ったより長い。処理が不味かったか?

いや、処理は上等だが、なめしがまだ不十分だな。このままだと長持ちしねえぞ。せっかく質が良いんだし、大事な物なら時間をかけるべきじゃねえか? まあ、どうしてもというなら早目に仕上げるが

どうする? と問いかけるコナー。ケイがアイリーンを見やると、

……せっかくだし、時間かけてやって貰った方がいいんじゃねえの?

そうだな、俺もそう思う。……お願いしよう

任せな

それなら早速、と作業に戻ろうとするコナーを、ケイは ちょっと待ってくれ と呼び止める。