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すまない、それともう一つ。実は今、手元に草原の民の武具一式が八人分あるんだが、買い取り先に心当たりはないだろうか?

八人分……ねえ。どうやって手に入れた?

……サティナに来る途中で襲われたから、返り討ちにして剥ぎ取った

正直なケイの回答に、コナーは眉を寄せて困った顔をした。

死人の、それも草原の民の武具か……。悪いが、好き好んで買う奴がいるとは思えねえな

……やっぱりダメか

ケイの表情も渋くなる。というのも、先ほど立ち寄った防具屋でも、買い取りを断られていたからだ。

昨夜の夕食後に、モンタンへ話を持ちかけた際も、その反応がイマイチだったので薄々感づいてはいたが。

需要がない。

人気がない。

草原の民の武具が、全くウケないのだ。

そもそも連中の武具は、質自体はそれほど良くねえからなぁ。湾刀は切れ味こそ良いが、刃が硬いせいで折れやすい。革鎧も、装飾は素晴らしいが、柔らかめに仕立ててあるせいで肝心の防御力が低い。

強いて言うなら、複合弓だな。あれは馬上でも扱い易いから、傭兵の中には、好んで使う奴もいるらしい。だがそういう物好きな連中は、大抵もう自前のを揃えてるからな……

鎧も武器も、売り捌くには厳しいか

だなぁ。特にこのところは、武具全般が値下がり気味でな。そこそこの物が新品で安く買えるってぇのに、わざわざ中古を使おうって奴は―

―いないだろう、な

半ば諦めの表情で、ケイはぼりぼりと頭をかきながら溜息をついた。

確かに剥ぎ取りのとき、質が微妙だとは思ったんだよな……自分が欲しくない物を、他人が欲しがる道理はない、か

違いねえ。辺境の村ならともかく、この街だとちょいと厳しいな。見習い職人の練習作やら、製作過程で傷が付いた失敗作やらがゴロゴロしてる。質が悪い中古品なんざ、売り物にならんよ

小さく溜息をついたコナーは、そこでふと遠い目をする。

実際のところ、厳しいんだよなぁこの界隈は。“戦役”のときは、特需で掃いて捨てるほどいた職人も、今じゃ随分と減っちまった。腕が二流で脱落した奴、見切りをつけて農民に戻った奴、安売り合戦で自滅して大借金こさえた奴―色々いるな

お手上げのポーズを取り、脇に吊り下げられていた革のマントをぽんぽんと叩いた。

かくいう俺も、近頃は日用品ばかりで、革鎧なんざ長らく仕立ててねえ。せいぜい傭兵の常連客が、たまに修繕や手入れのために、自前の鎧を持ち込むくらいのもんよ。適当に武器防具を作ってりゃ、気楽に食っていけたのは、もう遠い昔の話さ

今は、不景気なのか

不景気というより、平和なんだよ。単純に、武具を買う必要がねえ。戦役が終わってからしばらくは、ボロ装備の更新のためにまだ売れていたんだが、今は、なぁ……。

使わないから壊れない、壊れないから替えが要らない、替えが要らないから新しい物は買わない……ま、当然の流れだわな

成る程

でも、全く売れないってわけでもないんだろ?

工房の隅、マネキンに着せられた小奇麗な革鎧一式を指差して、アイリーンが横から口を挟む。

んー、そうだなぁ嬢ちゃん。売れるには売れるが、それだけで食っていくには辛い、ってとこか。俺は独り身だからまだ何とかなるが、最近はどこも副業で何かしら別の物を作ってるよ。俺しかり、モンタンしかり……まあモンタンは本業でもかなり儲けてるから別格だが

やはり彼は、かなり上手くやってる方なんだな

ああ、そりゃあもう! 戦役が終わったあとに、本業で売り上げを伸ばしたのは多分アイツだけだろうさ

おどけたような笑みで肩をすくめたコナーが、前掛けのポケットから取り出したパイプを口にくわえる。

……っふー。元々、単価の低い矢は、安くしようにも限界があるからな。周りの職人が借金こさえてまで、安かろう悪かろうの値下げ合戦をする中で、アイツだけが質を高めて高級路線に切り替えたのさ。お蔭で貴族やら大商人やら、金払いの良い固定客を捕まえられたってわけだ。

モンタンが成功したと聞いて、後追いで値段を上げる奴らもいたが、質が伴わないことには意味がねえ。腕のいいほんの数人は生き残ったが、他はすぐに消えていった。周りの流れに逆らう胆力、需要を見抜く先見の明、上客を満足させるだけの腕前……全く、アイツは大した奴だと思うよ

ランプの火をパイプに移し、ぷかぷかと煙を吐き出しながら、コナーは腰をさすって椅子に座り込んだ。

あーいてて……この歳になるとガタがきていけねえ

ああ、すまないな。長話に付き合わせてしまって

ははっ、俺が勝手に喋ってただけさ、気にすんな

申し訳なさそうな顔のケイに、手をひらひらとさせるコナー。

まあ話が逸れたが、悪いな、そういうわけで俺には武具の買い取りはできねえや

そうか……残念だが、詳しい話を聞けて良かったよ。それじゃあそろそろ―

あ、いや、ちょっと待て。俺のところでは無理だが、捨て値になってもいいなら、処分出来る場所は知ってるぞ

炭の欠片を手に取り、コナーが紙切れに何かを書きつける。

ほら、これが住所だ。旧市街の北、ブノワ通りの5番、ちょうどスラムとの出入り口あたりだな。

ここに廃品回収屋がある。殆ど金にはならねえが、捨てるよりはマシだと思うぞ。ちょいとばかしガラの悪い場所だが、まあ兄ちゃんなら大丈夫だろ。一応武装はしておいた方がいい、ここらほど衛兵が多くねえからな

ブノワ通り……旧市街の北、だな? あとで行ってみよう、ありがとう

なぁに、いいってことよ。それくらいしか出来なくてすまんな

コナーから紙切れを受け取って、 それではまた、四日後に と、ケイたちは工房を後にした。

†††

夕焼けに染まる街。

城壁に日光を遮られ、薄暗くなった表通りを、幼い少女は早足で進む。

(今日はちょっと遅くなっちゃった……)

塾帰り。アイリーンを真似たポニーテールをぴょこぴょこと揺らし、道をうろつく酔っ払いや傭兵の姿に不安げな顔をしながら、リリーは家路を急いでいた。

ただいまー

裏口の扉を開けて居間に入る。するとそこには、明かりもつけずに、ぐったりとテーブルに突っ伏す両親の姿があった。

おかえり、リリー……

今日は遅かったのね……

薄暗い家の中、生気のない二人の声が響く。

今日は歴史だったから、マクダネルせんせーの『わるいくせ』が出たの

ああ、だから遅くなったのか。あの人の歴史好きは大概だからね……

アナタは人のこと言えないでしょ

パパとママは、どうだったの?

リリーの問いかけに、モンタンとキスカは疲れ切った笑みを浮かべた。