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そう言われてはたと気づく、アイリーン―もといアンドレイも、ほぼ丸一日ログインし続けるような、立派な廃人だったことに。

麗しく、まだ若いこの少女もまた、仮想世界へ引き籠るに至る『何か』を抱え込んでいたのだとすれば―

―そうか

ケイは小さく肩をすくめ、おどけるような笑みを浮かべた。アイリーンにもきっと、色々あるのだろう。ケイのように こちらで生きる と即答しない分、まだ悩む余地はあるのだろうが、それでも本人が話さないなら、敢えて聞き出す必要もないとケイは思う。

まあ、何も急いで結論を出すことはない。俺はどちらかというと、選択の余地がないだけだからな……

……そうだな。何も今、答えを出さなくてもいいわけか。そもそも、帰れるかどうかも分かんないわけだしな! よし! 保留保留!

上体を起こし、腕を組んでうんうんと頷くアイリーン。無理やりテンションを切り替えている感はあるが、言っていること自体は至極正しい。帰る帰らないの前に、そもそもどうやってこの世界に来たのかすら分かっていないのだ。

それに―

(……俺たちの肉体は、今どうなってるのか)

果たして自分は生きているのだろうか―と。

そんな疑問も浮かんだが、口には出さなかった。

よし! そうと決まれば、ダラダラしてても仕方がないな! ケイ、オレに提案があるぜ!

アイリーンがバッと挙手する。

ん、何だ?

とりあえず馬二頭くらい売り払おうぜ! 二人旅で四頭は多すぎる。船主が吹っ掛けてきてたのは確かだろうけど、馬が場所とるってのも正論だと思うんだ

……そうだな。四頭いると維持費も馬鹿にならないし、ここで売るってのもアリだろう。ただ問題は……

渋い顔で、ケイは部屋の中を見回した。贅沢にも二人で使う四人部屋。草原の民の武具を全て処分したため、かなりすっきりと広く見える。が、モンタンの矢にそれを収める大型の矢筒が幾つか、野宿を想定した小さな鍋に三脚、毛布やテントなど細々とした生活雑貨も新たに買い足したため、依然として所持品は多い。

馬二頭でこれ全部運ぶのか……

う、う~ん。何とかなるだろ?

いや、そりゃ何とかはなると思うんだが

問題は、その配分だ。

こうして改めて冷静になって見てみると―荷物の大部分を、矢と矢筒が占めていることに気付く。

気付かされる。

…………

乾いた笑みを浮かべ、壁際の数本の矢筒を見つめるケイ。それを察したアイリーンが よっ とベッドから起き上がり、矢を物色し始めた。

矢筒から抜き出したのは、カラフルな彩色の一本―メロディが変わるという売り文句の鏑矢だ。日の光にかざすように、手の中で弄んでいたアイリーンはボソリと一言、

……コレ、何の役に立つんだろ

……何かしらの役に立つだろ

目を逸らしつつ、答えるケイ。

そうか?

も、勿論。例えば……ほら、その、アレだ

言葉を探す。

……合図とか

いつ誰に使うんだよ

ぺしっ、とアイリーンのツッコミが脇腹に入る。

いや、それ以外にもだな。例えば……ほら、敵の注意を引きつけたりとか! 野獣相手とかだと効果的だと思うぞ、一応攻撃にも使えるし……とは思うが、それなら最初から普通の矢の方が……うん……

何やら軟体動物のように手を動かしつつ、フォローしようとして自滅の方向へ向かうケイに、曖昧な笑みを浮かべたアイリーンは最早何も言わなかった。

と、その時、

―ん

突然、首筋にピリッとした鋭い感覚が走り、弾かれたようにケイは振り返る。

……

どうした、ケイ?

……いや、

気のせいだろうか。何か、視線のようなものを感じたのだが。

窓から顔を出して外を見回すも、特に変わったものは見受けられなかった。ただ、向かいの屋根にいた鴉が一羽、ガァッと一声鳴いて飛び去っていく。

なんか見られた気がしたんだが

気のせいだろ。ってかケイ、何だよこの矢! 一体どんな使い方するんだコレ

訝しげなケイをよそに、アイリーンが次に取り出したのは、やたらとゴテゴテした機械仕掛けの矢だった。その先端には矢じりの代わりに、金属製のケースのようなものが取り付けられている。

ああ、それか! それはモンタン氏の自信作だ。なんとたった一本で、多数の敵を制圧できるという代物さ

……どうやって?

うむ。実はその先端のカートリッジには、びっしりと小さなダーツが入っているんだ。ワイヤーとバネ仕掛けで、ダーツが前方へ放射状にばら撒かれる、という仕組みさ。早い話が散弾だな。仕掛けが作動する距離は、5mから15mまで、このツマミで調整できるようになっているらしい

へ、へえ

したり顔でとくとくと解説するケイに、若干気押されたかのようなアイリーン。

……ただ、ダーツという特性上、貫通力に限界がある。相手が盾を持ってたり、革防具より硬い鎧を装備してたら、ほとんど効果がなくなるのが玉にきず……

何だよそれ全然ダメじゃん!!

ビシィッ、と突っ込みが脇腹に入る。

やっぱりコレ微妙じゃーん返品しようよーケイー

いっいやっ、あれだけ気前よく大人買いした手前、そういうわけにもだな……

目を泳がせるケイに、面白がったアイリーンがずいずいと攻勢に出る。

別にいいじゃん返品しちゃえばー!

しかしそれだとモンタン氏に悪い気が……

気にしないって! 向こうも商売なんだからさ!

う、うーむ

使えないなら意味ないし、『冷静に考えたらやっぱりいらなかった』って言えばいいじゃん?

そ、それもどうかな……

矢の実用性の有無、返品の是非を巡って、二人して騒々しく話し合う。

そうこうしている間に、先ほど感じた違和感のことなどは、すっかり忘れ去っていた。

†††

そして、日が暮れ始める頃。

夕食を食べつつ話し合った結果、明らかに役に立ちそうにない幾つかの矢は返品することになり、ケイたちは再びモンタンの工房へと向かった。

うぅむ……やはり申し訳ないな……

だいじょーぶだって、気にすんなよケイー

モンタンの工房に近づくにつれ、気まずさが募って足取りが重くなるケイに、全く気にする様子を見せないアイリーン。遠慮や思いやりの気持ち云々というよりも、国民性の違いが如実に表れている。

そんな中、大通りを歩いている際に、ケイはふと店じまいを始めつつある青果の露天商に目を止めた。

そうだ、手土産の一つでも……

……だから、気にし過ぎだっつの

どこまでも弱気なケイに、思わず苦笑するアイリーン。とは言いつつも、二人揃って露店を物色し、アイリーン曰くリリーの好物だという熟れたサクランボをどっさりと買いこんで、それを手土産にすることにした。