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(さて、どうするかな)

腕を組んで、考え込む。

ここで奇襲を仕掛け、建物を制圧してしまうか。

あるいは戦闘を避けてリリーの救出を試みるか。

(……殴り込みをかけて全員ボッコボコにして、リリーを隠している場所を吐かせてから助け出す……)

自身の鬱憤も晴らせることを考えると、それはなかなかに爽快なアイデアだ。しかし諸々のリスクを考え合わせた結果、最終的にアイリーンは、 スマートにリリーだけを救出できるなら、それに越したことはない という結論に達した。

Kerstin, mi dedicas al vi tiun katalizilo.

懐より、大粒の青緑色の宝石(ラブラドライト)を取り出し、とぷんと、足元の影に沈める。

Vi priskribas la plankon plano de ci tiu domo, kaj vi diros al mi la pozicio de Lily.

建物の石壁に手をつき、

Ekzercu(執行せよ).

瞬間、建物の輪郭を影が走った。

おそらく、内部の人間で、『それ』に気付いた者はいない。

部屋の隅で、テーブルの裏で、あるいは自分の足元で、黒い影がかすかにさざめいたことになど―。

アイリーンの眼前に影が立ち上がる。漆黒の線により、建物の内部構造が3DCGのように描画されていく。日も暮れた夕闇の中で、黒い立体モデルは非常に見辛いが、それでも間取りや人間の位置は把握できた。

倉庫のような広めの造りで、間取りに特に奇妙な点はない。一階にはごろつきが七人、二階にいるのは優男一人だけのようだ。しかし、肝心のリリーが―彼女の隠されている場所が、見当たらなかった。

Kie estas Lily?

アイリーンの問いかけに、地面から浮かび上がった漆黒の手が、ちょいちょいと立体モデルの中ほどの、真っ黒な箱状のスペースを指差す。

……

それは、二階の優男のすぐ傍、床下に隠された小さな空間だった。隠し部屋―と呼ぶには、あまりに狭い。中が描画されずに真っ黒であるのは、そこに一切の光源がないことを示す。

つまり、リリーは、身動きも取れないほどに狭く、真っ暗な小部屋に監禁されているのだ。

アイリーンの顔が、険しいものになる。これが、いたいけな子供に対する仕打ちか、と。狭く暗い空間に閉じ込められたリリーが、どれほど恐怖を感じていることか、想像するだけで胸が締め付けられるようだった。しかもそれを為した上で、飲めや歌えやの宴会だ。

まさしく、下衆の極み。

拳の一発では済まされまい。

胸の奥底で燃え盛る怒りは、まさしく義憤と呼ぶにふさわしい。窓から漏れる一階の明かりを、アイリーンはぎろりと睨みつけた。今すぐにでも雨戸をぶち破って暴れ出したい気分であったが、どうにか呼吸を整え、連中をボコるのは後回しと自分に言い聞かせる。

ひとまずは、リリーの救出が先だ。

くんっ、と身をかがめ、軽く地面を蹴る。垂直な石壁のごく僅かな凹凸を足場に、隣の建物との壁と壁の合間をタンッタタンッと素早く駆け登った。

降り立つ、屋根の上。

鉤縄を回収しつつ、先ほどケルスティンが炙り出した建物の間取りを思い描く。

(中二階の隠し部屋、か……入口は二階にあるのかな)

先ほどのように、二階の窓に取りついて、雨戸の隙間から優男を睨みつける。独りきりで読書する彼は、おそらく隠し部屋の番も兼ねているのだろう。―それにしても、幼い少女を監禁しておいて、あんな澄ました顔で本に読みふけるとは、一体どういう神経をしているのか。

改めて、憤りの感情が燻り出す。青い瞳に、めら、と獰猛な光が宿った。

(……まあ、いい。奇はてらわず、順当に、)

黒いマフラーの下、冷静さを取り戻すように、表情を消す。

(―正々堂々、忍び込もうか)

雨戸の留め金に、手をかけた。

……キィィ。

うん?

本を読んでいた青年は、金属の軋むか細い音に、ふと顔を上げる。

見れば、テーブルのすぐそばの雨戸が、開け放たれていた。

まるで風に吹かれたかのように、ゆらゆらと揺れる戸の留め金。微かな空気の流れが、そっと頬を撫でる。

……おかしいな

何故、独りでに開いているのか。

今日はそんなに風も吹いていないはずだが、―と。

本を片手に席を立ち、窓から顔を出して周囲を確認するも、夜の空気はむしろ静かに、穏やかに、風は強いどころかそよいですらいなかった。

……。妙なこともあるもんだ

どこか、空恐ろしげに。

小さく呟いた青年はしかし、名状しがたい嫌な予感を振り払うように、頭を振ってそっと雨戸を閉める。

その瞬間、視界が黒色に染まった。

んグッ!?

困惑の叫びはくぐもり、遠くへは響かない。天井から背後に降り立ったアイリーンが、顔面にマフラーを巻き付けたのだ。混乱した青年がそれを振りほどこうと、しゃにむに顔をかきむしる間に、アイリーンは素早く正面に回り込んで両の拳を構えた。

全身のばねを使って、打ち放つ。

ドッドンッと鳩尾を抉る二連撃、青年の胴がくの字の折れ曲がる。一瞬、身体が浮き上がるほどの衝撃に、ごぷりと逆流した胃液がマフラーを汚す。喉に詰まる吐瀉物、呼吸をも許さぬ激痛、呻き声すら出せない青年は、ただ腹を押さえてがくりと膝をついた。その姿はまるで、断罪の時を待つ咎人のように―そこへ、止めの回し蹴りが側頭部に炸裂し、青年はそのままボーリングのピンのようになぎ倒される。

One down(一丁上がり)…

振り抜いた足をすっと降ろして、アイリーンは小さく呟いた。床の上、ぴくりとも身じろぎをしない青年を前に、その言葉はあまりに素っ気ない。ともすれば酷薄とすら取れる容赦のなさ、しかし、これでもアイリーンは手加減している方だった。ゲーム時代より筋力が低下しているとはいえ、肉体のスペックを限界まで引き出す格闘術は健在だ。全力で蹴りを放っていれば、優男の細い首など簡単に折れ砕けていただろう。

さて、リリーはどこかな……

もはや男になど興味の欠片もなく、アイリーンは目を細めて床に視線を走らせる。ケルスティンの 探査 によれば、テーブルから数メートル離れた床下に、隠しスペースがあるはずだ。

……ここだな

それは、すぐに見つかった。床板をよくよく注意して見れば、一部分にだけ不自然な切れ込みが入っていることが分かる。短剣の刃をそこへねじ込むと、てこの原理で板は呆気なくはがれた。

こいつぁ楽勝だぜ、と嬉々として床板を取り外すアイリーンであったが、すぐにその顔から表情が抜け落ちる。

床板の下から、重厚な金属製の蓋が現れたのだ。

見るからに頑丈そうな造りだった。がっちりと組まれた留め金は金庫を連想させる。つるりとした表面に一か所だけ、直径二センチほどの歯車状のスリットが開いていたので、そこへ指を突っ込んでダメ元で引っ張ってみた。

……まあ、ダメだよな