ガコンッと頭上に光の隙間が生まれ、徐々にそれは広がっていく。頼りない暖色の明かりに、 外だ とだけ思った。
ここから出られる、のか。
あるいは出(・)さ(・)れ(・)る(・)―のか。
……ん―ッ!! んん―ッッ!!
唐突に、恐怖の感情が再燃したリリーは、ほとんど身動きが取れないにも拘わらず、最後の力を振り絞って何かに抗うように身をよじらせた。
リリーッ! リリーッ!!
が、どこか聞き覚えのある優しい声に、その動きを止める。
リリーッ! 大丈夫か!?
見れば、四角形に切り取られた頭上から、こちらを覗き込むアイリーンの顔があった。
無事か!? 待ってろ、すぐに出してやるからな!
かがみ込んだアイリーンは、右手を伸ばしてリリーの背中の縄を掴む。そして、その細腕からは想像できないような力強さで、一気にリリーを引き上げた。
ひでぇ、こんな小さな子に……なんて真似しやがる
猿ぐつわと、手足をキツく拘束する縄に、目つきが険しくなるアイリーン。一方でリリーはいまだに理解が追いつかず、目をぱちくりとさせている。
短剣で縄を切断したアイリーンは、手早くリリーの猿ぐつわを取り払った。
助けに来たぞ、リリー。もう、大丈夫だ
安心させるように、穏やかな笑みを浮かべて、アイリーンはわしゃわしゃとリリーの頭を撫でる。数秒して、 どうやら自分は助かったらしい と悟ったリリーは、
……ふぇっ
真っ赤な瞳に、枯れたと思っていた涙がみるみる溜まっていく。
お……ねえぢゃああぁぁぁああん!!!!
よしよし。怖かったな
ふらふらと、アイリーンの胸元にすがりついて、火がついたように泣き始めるリリー。一瞬、それに釣られて泣きそうな顔をしたアイリーンは、そっと瞳を閉じてその小さな体を抱き締める。
大丈夫。……もう大丈夫だから
涙と鼻水で、リリーの顔は酷いことになっていた。赤子をあやすように、ゆっくりと身体を揺らす。時折、泣き過ぎてむせるリリーの背中を、アイリーンは優しくさすってあげた。
……さ。もう、泣きやんで。せっかくの可愛いお顔が台無しだよ、リリー
えぐっ、おねえぢゃ、おねえぢゃん
パパとママが待ってるから。……おうちに帰ろう
うぅ……ぅん、帰るぅ……
手を引かれて立ち上がり、目を擦りながらリリーはコクコクと頷く。それを見て、アイリーンは小さく微笑んだ。リリーは可哀そうだったが、とにかく無事に助かって良かった。
長時間にわたって監禁されていたせいで、足取りの覚束ないリリーを背負い、階段を降りて行く。途中、呻き声を上げて倒れ伏す男たち―特に、気絶してひっくり返ったままのボリスを見て、背中のリリーがはっと息を呑んだが、気にせずに居間を突っ切って玄関から表に出た。
さて、お家はどっちかな
とりあえず、現在位置は旧市街の真ん中あたりだ。日が沈んだときの記憶を頼りに方角に当たりを付け、とりあえず大通りに出れば間違いあるまい、と判断したアイリーンは、街の中心部に向かって歩いていく。
しかし、歩き始めて一分も経たないうちに、
……なんだアレ
前方に、揺れる大量の明かり。石畳を走る大人数の足音と、ガチャガチャと金属の装備が擦れ合う音。
道の向こう側から駆けてきたのは、ランタンを掲げた衛兵の一団だった。
あっ! アイリーン!!
そして、その中から、ひょっこりと顔を出したのは、
―ケイ!?
思わず、背中のリリーをずり落としそうになりながら、アイリーンは素っ頓狂な声を上げる。
衛兵の中から飛び出てきたのは、全身フル装備で持てるだけの矢筒を抱え、ハリネズミのようになったケイであった。かなり走り回ったのか、革兜の下、顔は上気し、汗の浮いた額には髪の毛が張り付いている。
無事か!!?
食らいつかんばかりの勢いで、ずいと詰め寄ってくるケイに気圧され、呆気にとられながらもアイリーンは頷いた。
お、おう……
……もう終わったみたい、だな。遅すぎたか……
アイリーンの背中のリリーを見て、安堵のため息を吐きつつも、気が抜けたように膝に手をつくケイ。その背後、 リリーッ! リリーッ! と聞き覚えのある声が響く。
……! パパーッ!
目を見開いたリリーが、アイリーンの背中からぴょこんと飛び降りて、声のする方へと駆けていく。
衛兵たちの一団の後ろから、フラフラになりながらも、モンタンが走り出てきた。
リリーッ!! 無事だったかい!?
パパー! パパぁーッ!!
モンタンの腕の中に、飛び込むようにしてリリー。二人揃って道の真ん中にずるずると座り込み、そのまま声を上げて泣き始める。
よかった! 本当に、無事でよかった! ああ、リリー……!
パパぁーッ! こわかったよぉーッ!
ひしと抱きしめ合う親子二人を、穏やかな表情で、アイリーンとケイは見守っていた。
あ~。その、なんだ
しかし、そこで横から声がかけられる。顔を向ければ、そこには衛兵の一人。年配の、立派な黒ひげを蓄えた男だ。
あっ、アンタはあの時の……!
黒ひげを指差して、アイリーン。彼は、サティナの街の検問を抜ける際、主にポーションの件で『世話になった』衛兵の一人であった。
兜を外してぼりぼりと頭をかいた黒ひげは、困ったような顔で、
すまないが、状況の説明を求めたいんだが
ああ……まあ、見ての通りだ
リリーとモンタンの方を示し、ケイは小さく肩をすくめた。
アイリーンが、子供の救出に成功したのさ
いや、まあ、そりゃ見れば分かるが……
輪をかけて困り顔になった黒ひげは、胡散臭げな視線をアイリーンに向ける。
……腕利きの魔法戦士が救出に向かった、とは聞いていたが。このお嬢ちゃんが?
ああ、そうだ。彼女がその魔法戦士さ。……アイリーン、結局、リリーはどこで監禁されていたんだ?
この通りを真っ直ぐ、歩いて一分もしないところの、倉庫みたいなヤツ。中にごろつきが八人いたから、とりあえず死なない程度に痛めつけておいた。……あと、ボリスもグルだった
……なんだと?
最後、小声で付け足した情報に、ケイは眉をひそめて表情を険しくする。ますます訳が分からない、といった様子の黒ひげは、半信半疑ながらも追求は諦めたようで、 おい、お前ら! 誘拐犯の住処は近いらしいぞ! と周囲の部下に声をかけていた。
ってか、ケイもケイだよ。どうしてここに?
アイリーンの問いかけに、ケイは自嘲するように乾いた笑みを浮かべる。
……まあ、お前が出て行ったあと、衛兵に連絡して、モンタンを説得して……援護なり何なりが、出来ればと思ってな。尤も、来るのが遅すぎたみたいだが……