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書類を整理しながら、憮然とするデンナー。羽ばたいて、デンナーの肩に止まった鴉は、その横顔を覗き込むように、

魔術師じゃよ

そっと、囁いた。

件の弓使いの男は、魔術師じゃ。大精霊の加護を受けておる

大精霊?

いかにも。“妖精”や”鬼火”なんぞの子供騙しではない、強大な元素の精霊よ。この場合は、十中八九、風じゃろうが

何が可笑しいのか、鴉はくっくっくと再び喉を鳴らす。

勘弁してくれよ、親父が油断したおかげで部屋はこの有り様だぞ……

デンナーは額を押さえて、小さく溜息をついた。窓ガラスは粉砕され、家具や調度品は倒され、書類やら何やらが散乱し、部屋はまるで竜巻の直撃を受けたかのようだ。

くふッ、かッかッ。すまんのぅ、いやはや。……あの若者、興味が湧いた

トンと机に飛び降りて、鴉。ぎらぎらと輝くその双眸には、知性のそれとはまた別種の、何ともおぞましい輝きがある。

欲しい。あの精霊の力、是が非でも欲しい。どうにかして、我が物としたい。それに……。 Tiuj kiuj insidas en la sablo… alie gi estus unu el la vizitantoj…

焦点の定まらぬ目で何事かをぶつぶつと呟く鴉に、書類をまとめ上げながらデンナーは再び小さく溜息をついた。

……まあ、いいさ。とりあえず結論として、件の弓使いはサティナの関係者と見てもいいか

そうさの。凄腕の弓使い、それも魔術師など、その辺に林檎のようにごろごろと転がってはおるまい。わしら(イグナーツ)への対策として雇われた傭兵か、あるいは……。いずれにせよ、ただの偶然ということはなかろうて

うむ、と頷いたデンナーは、ぱんぱんと手を鳴らす。

すぐに扉が開かれ、黒服のメイドがしずしずと入ってくる。人形のような澄まし顔をしていた彼女たちであったが、部屋の惨状を見て、流石にその表情を変えた。

デンナー様、これは……

うむ。ちょっとした手違いで、悪戯っ子が入ってきちまってな……お前たち、掃除は任せたぞ

は、はい……

本気とも冗談とも取れぬ態度、おどけたように肩をすくめるデンナーに、メイドたちは困惑しながらも頷いた。ばさり、と飛んできた鴉をその腕に止めて、

それじゃあ、俺は屋根裏に戻る。何かあったら呼べ

かしこまりました

頭を下げるメイドたちを尻目に、デンナーは部屋を後にする。

……しかし、あの部屋の扉も、考えようによっては不便だな

カァ

複雑な装飾の施された、木の扉。螺旋階段を登る前に、ちらりと見やってデンナーはひとり小さくごちた。ただの扉に見えるそれは、実は盗聴対策として、一部の限られた音しか通さない魔法がかけられている。密談には好都合だが、裏を返せば、中で何が起きても外の人間には分からない。

螺旋階段を、登る。

かつかつ、とブーツの踵が石段を打つ音だけが響く。パヴエルが最上階だと思っていた執務室だが、その上には実は小さな屋根裏部屋がある。デンナーが自分以外の立ち入りを禁じている、完全にプライベートな空間だ。

階段の上、小さな木の扉の鍵を開けて、デンナーは屋根裏部屋に入る。デンナーの巨体には不釣り合いなほど狭い部屋には、大きめの寝台にこじんまりとした本棚、それに止まり木と、小さなサイドテーブルだけがあった。

さて、どうするかね、親父

デンナーの問いかけに、止まり木に移った鴉が首を傾げる。

……サティナへの対応かの?

それも、だが、イグナーツのことさ。……この『盗賊ごっこ』も、そろそろ終いにしていいんじゃねえか

寝台に腰かけ、肘をついて手を組んだデンナーは、真っ直ぐに赤い瞳を見つめた。

時間は充分にかけた。種も充分に蒔いた。奴隷商の仕事も、せこいクスリの商売も、諜報の真似ごとも、もううんざりだ。

最近は、サティナも取り締まりを強化してきたからな。割に合わねえから、ウチもあの街からは手を引くことを決めたばかりだ。ここで示し合わせたように、向こうが敵対行動に出てきたのも、何かのサインじゃないかと思ってな

……頃合い、かの

ああ

ぽつりと呟くような鴉に、デンナーは深々と頷く。くっく、としわがれた声で、鴉は喉を鳴らした。

……正直なところ、わしも、伝書鳩の役にはもう飽き飽きでのぅ

それは、今のお(・)ま(・)ま(・)ご(・)と(・)を止めても終わらないぜ。むしろ、今よりもっと忙しくなるんじゃないか

意地の悪い笑みを浮かべるデンナー。

まあ、件の弓使いのこともあるしの。相応に準備せねばならん

ああ……だがそろそろ、取りかかろう

相分かった。となればデンナー、わしは少し戻(・)る(・)ぞ(・)。『此奴』の世話は頼んだ

分かった

デンナーが頷くと、止まり木の鴉の瞳から、すっと赤い色が抜けて薄くなった。

……カァーッ、カァーッ

一声、二声。首を振りながらきょろきょろと周囲を見回す様子は、まるでただの鳥だ。

それを見ながら、デンナーは独り嘆息する。

まったく、モリセットの野郎。これからってときに死んじまいやがって……

イグナーツ盗賊団の構成員は数知れないが、その中でもモリセットは、デンナーとは十数年の付き合いになる最古参の『仲間』の一人だ。

思い描くのは、数週間前、幹部クラスの集まりで最後に顔を合わせたときのこと。

―お頭、俺たちがこれ以上、『盗賊』を続ける意味はあるんですかい?

モリセットはデンナーに、このように問うた。

イグナーツ盗賊団は、その名の通り、盗賊団だ。

しかし旗揚げから十余年。商売柄、女子供を攫うこともあり、その関係で盗賊団は奴隷商とのつながりを得た。限りなくブラックに近いグレーの領域ではあったが、そこで表社会への間口を確立したのだ。

それを契機に、デンナー達は、様々なものに関わり合っていった。その巧みな隠密行動から密輸や密売にも手を染め、合法・非合法を問わず薬品も扱うようになり、それらのカモフラージュとして真っ当な商売にさえも手を出した。近頃では、自分がイグナーツの手先であるということを知らずに、働いている者も多いことだろう。

そして、魔術を介した通信と活動範囲の広さは情報収集を助け、さらなる組織の拡張を可能とした。今では幾つかの街と裏取引を行い、イグナーツ盗賊団は諜報組織の真似ごとまでしている。

―巨大な、それでいて組織化された、公国の裏社会の大部分を占める存在。

それが、イグナーツ盗賊団の現状だ。

その組織の全体像を、把握している者は非常に限られている。モリセットは、そんな数少ない構成員の一人だった。彼がデンナーに疑問を呈したのは、イグナーツ盗賊団の莫大な資金源において、盗賊稼業の占める割合が余りに少なく、殆ど儲けがなかったことだ。