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詰まる所、今となっては、盗賊稼業は『無駄』に過ぎぬのではないかと。

……俺たちは、“盗賊”である必要があったんだよ

しかしデンナーは、このように答えた。

所詮は盗賊だが、ついでに諜報の真似もしている。そんな姿勢を、立場を、演出しなきゃならなかったんだ

イグナーツは巨大で、強大な組織だ。しかし『表』の連中に無駄な警戒心を掻き立てて、全て敵に回してしまうと、それを相手に戦い切れるほど組織としての体力がない。

故に、油断させなければならない。所詮はただの、盗賊であると。

また、各々の街との取引のうちには、『手を結んだ領地内での活動は自粛する』というものも含まれていたため、示威行為としてもやはり”盗賊稼業”は必要だった。

―盗賊をやるなら、利益を出せ。

―その代わり、被害は出すな。

犠牲を払って利益を取り、それで採算を合わせるのではなく、犠牲が出るくらいならそもそも襲うな、と。デンナーはそう、モリセットに指示していた。

モリセットは特別に強いわけではないが、用心深く、狡猾な男だ。欲を出すことも調子に乗ることもなく、ついこの間まで、淡々とその任務をこなしていたわけだが、

まったく、死んじまいやがって

ぽつりと、寂しげに。

……まあ、それももう終わりだ

顔を上げ、デンナーは寝台横のサイドテーブルを、そっと撫でた。

音もなく、テーブルの表面に、幻のように地図が浮かび上がる。主要な大都市が全て収められ、リレイル地方の詳細な地形が記された、本来であれば国の最高機密とされてもおかしくないレベルの地図。

その上に、同じような幻の旗(フラグ)が立ち上がり、表面をびっしりと埋め尽くした。港湾都市キテネ、城郭都市サティナ、鉱山都市ガロン、要塞都市ウルヴァーン―それらの街に突き立つ、色や形の異なる無数の旗。デンナー達が仕掛け、ばら蒔いた、『種』の証―。

おもむろに腰を上げ、窓の外を見やる。

地平の果てまで広がる、緑の景色。

森と、そこに埋もれた、廃墟の姿。

これまで、色々なものを手に入れてきた―

巨大な盗賊団の首領として、デンナーはおおよそこの世に存在する、ほぼ全てのものを獲得してきた。

様々な金銀財宝を略奪し、女を手に入れ、金を手に入れ―今ではこうして、一城の主にまでなった。

しかしそれでも。

まだ、奪い取ったことのない、ものがあった。

振り返る。そこに浮かび上がる、幻の地図。

―アクランド連合公国。

さあ、

にやりと。

男は、獣のような、獰猛な笑みを浮かべた。

―国盗りを、始めようか

運命の歯車は、回り出す。

22. 護衛

緩やかに蛇行しながら、北へと流れるモルラ川。

その川べりに茂る、青々とした木々の間を抜けるようにして、焦げ茶色のレンガで舗装された道が真っ直ぐに伸びる。

“サン=アンジェ街道”

城郭都市サティナから、“公都”こと要塞都市ウルヴァーンまで。リレイル地方の南北を結ぶ、陸上通運の大動脈だ。

おりこうさんのマイケルは~、今日もげんきに馬車をひく~

早朝にサティナを発ったケイたちであったが、日はすでに高く昇り、隊商はそろそろ次の村に到着しようとしている。ここまで特に変わったこともなく、欠伸が出るほどに平和で、のんびりとした旅路だった。

もうかたほうのダニエルは~、ふきげんそうに見えるけど~、ほんとはとってもやさしいのよ~

隊商は二頭立ての馬車六台から成り、商人たちと、その家族や見習いが十数名、それにケイとアイリーンを含む護衛が合わせて八名の構成だった。動きは鈍いが、盗賊にせよ野獣にせよ、迂闊には襲い掛かれないような大所帯。

おひさまぽかぽか~、風も気持ちいい~、でもわたしは~、とっても~とっても~、た・い・く・つぅ~う~

小鳥のさえずりに、がらがらと回る車輪の音。それらに混じって、幼い歌声が響く。サスケに跨り、馬車の速度に合わせてゆっくりと進むケイの横、荷台の幌の影からひょっこりと、浅黒い肌の少女が顔を出した。

ねえ。わたしのお歌、どう?

―良いんじゃないかな

上手だと思うぜ

曖昧に頷くケイの隣で、草原の民の黒馬(スズカ)に跨るアイリーンが、優しい微笑みとともに頷いた。

えへへー。そうでしょー

にぱっ、と顔を輝かせた少女は、そのまま御者台によじ登り、足をぶらぶらとさせながら らんらら~おなかがすいた~ と歌い始める。韻もへったくれもないような即興の歌詞であったが、無邪気にメロディを口ずさむ姿には、それだけで見る者を和ませるような微笑ましさがあった。

エッダは本当に、お歌が好きだな

御者台で手綱を握る太っちょの男が、『エッダ』と呼ばれた少女の頭をわしゃわしゃと撫でつける。

きっと、お父さんに似たのよ?

はっはっは、そうかいそうかい

歌うのをやめて首を傾げるエッダに、楽しそうに声を上げて笑う男。

男の名を、『ホランド』という。

コーンウェル商会に所属する商人の一人で、この隊商の責任者だ。ケイたちからすれば、今回の護衛(しごと)の直接の雇用主ともいえる。でっぷりとした太鼓腹、どう見ても悪人には見えない垂れ目、トレードマークはきれいに整えられたちょび髭だ。隊商の皆からは、『シェフ』と呼ばれて親しまれているらしい。

といっても、これは英語で言うところの『料理長』ではなく、彼の生まれの高原の民の言語(オン・フランセ)で『長』という意味だ。扱っている商品のほとんどが食料品なのと、ホランド自身が美食家であることも、この呼び名と無関係ではないだろうが。

歳の頃は三十代前半といったところで、エッダのやりとりを見る限りでは、どうも彼女の父親にあたる人物のようだ。しかし、ホランド自身は肌が白く、顔立ちもエッダとは似ても似つかない。何か事情があるのだろうか、と勘繰るケイをよそに、ホランドはぽんぽんと腹を叩いて肩をすくめた。

そうだな、父さんもそろそろお腹が空いてきたぞ。だけど、もうすぐ次の村に着くから、エッダは中に戻っておきなさい。お兄さんたちの仕事を邪魔してはいけないよ

んん~

肯定とも否定ともとれぬ声。ホランドに優しく背中を叩かれながら、エッダは御者台に肘をついて、じっとケイたちを観察する。

凛々しい褐色の毛並みの馬を駆る、黒髪の精悍な若者。エッダのそれよりもさらに深い黒色の瞳を持ち、筋肉質で引締った体格をしている。全身を精緻な装飾の革鎧で覆い、左手には朱色の弓、腰には長剣、馬の鞍にはいくつか大型の矢筒を括りつけていた。

その頑強そうな肉体に比して、顔は不釣り合いなほどに童顔であったが、左頬に走る真新しい刀傷が、何とも言えない凄みを醸し出している。湖面のように静かな眼差し―どことなく、暗い雰囲気を漂わせているきらいはあるものの、エッダは不思議と 怖いひとだ という印象は抱かなかった。