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その弓使いの青年の隣にいるのは、黒馬に跨る金髪の少女だ。エッダとは対照的な真っ白な肌に、透き通るような青い瞳。金糸で編まれたような髪はリボンで後頭部にまとめられ、陽射しを浴びてきらきらと輝いていた。その身にまとうのは質の良い麻のチュニック、裾からは黒いズボンを履いた脚がすらりと伸びる。

あるいは、お忍びの貴族の令嬢が庶民の格好をしていると言われても、信じてしまいそうなほどに可憐な姿―しかし、背中に背負われたサーベルと木の盾が、手足の革の籠手と脛当てが、彼女もまた戦いに携わる者であることを如実に示している。エッダの視線に気づき、 うん? と首を傾げて微笑む様子からは、彼女が戦士であることなど想像もつかないのだが。

……ねえ、お姉ちゃん

おもむろに口を開いたエッダは、

お姉ちゃんが、魔法使いって、本当?

興味津々なエッダを前に、アイリーンは ふふん と胸を張った。

ああ。そうだぜ、魔法使いだ!

へぇ、すごーい! ねえねえ、魔法ってどんなの? 見せて見せて!

ん、んー。それはだな……

しかし、続いて投げかけられた無邪気な要望に一転、アイリーンは困り顔で、さんさんと輝く太陽を見上げる。

アイリーンが契約を結ぶ”黄昏の乙女”ケルスティンは、その名の通り、日が暮れてから本領を発揮する精霊だ。陽射しの届かない地下深くならともかく、昼間に野外で 顕現 することはできない。それでも一応、簡単な術の行使ならば昼間でも可能なのだが、普段のコスパの良さの反動のように触媒と魔力を馬鹿食いしてしまう。

実質的に、アイリーンは昼間に魔術が使えないのだ。

そしてこれは、明確な弱点の一つであり、大きな声で喧伝するようなことでもない。

む~……

こらこらエッダ、お姉さんがもっと困っているだろう

どうしよっかな、と唸るアイリーンを見て、ホランドがすかさずフォローを入れた。

そもそも魔法使いに魔術の秘奥をせがむのは、商人に仕入れ先を尋ねるようなものだ。あまり無理を言ってはいけないよ

えー、だって、見てみたいもん

うーむ、まあ父さんも気持ちは分かるけどな! 仕入れ先にせよ、魔術の秘奥にせよ

ちら、とアイリーンに期待の眼差しを向けるホランド。これではどちらの味方なのか分からない。

アイリーンは口を尖らせて、時間を稼いでいるつもりなのか、明後日の方向に目を泳がせている。

……今は移動中だし、夕方、野営の準備が終わった後とか、ゆっくり時間のあるときにでも見せてあげたらどうだ?

ケイが横から提案すると、 それだ! と言わんばかりにアイリーンがびしりとケイを指差した。

そうだな。今は仕事中だからな。後でなら見せてやってもいいぜ?

えっ、ほんと!?

ああ。夕飯が終わったあと、ちょっとだけ、な

指先の隙間で ちょっと を強調しつつ、アイリーンは茶目っ気たっぷりにウインクして見せる。脳筋戦士のケイとは違い、アイリーンは魔力が強い。太陽さえ沈んでしまえば、子供騙しの簡単な術なら触媒なしでも行使できるのだ。

わーい、やったー! ありがとう!

おおー、言ってみるもんだなぁ

エッダとホランドが、 いぇーい と御者台でハイタッチする。夕飯の後の楽しみが増えたぞ、とはしゃぐ二人を見て、これでは魔術師というより手品師扱いだな、と思わずケイは笑う。しかし、アイリーンは得意満面の笑みを浮かべているし、当人が満足ならいいことだ。

さあさ、エッダ。わがままも聞いて貰えたことだし、中に戻っておきなさい。もうちょっとで次の村だからね

はーい

今度は聞き分け良く、荷台の方へ戻っていくエッダ。ニコニコとそれを見届けたホランドは、その笑顔のままアイリーンに向き直った。

いやはや、ありがとう、ありがとう。行商の旅というのは、どうにも退屈なもんでね。遊び盛りのあの子は、随分と刺激に飢えているようだよ

分かるぜ。あんぐらいの子だったら、そりゃそうだろうな

全く。しかし、本当に良かったのかね? 自分で言い出しておいて何だが、魔術師は滅多に自分の業を見せないと聞く

大丈夫。見せてもいいものしか見せないから

あっけらかんとしたアイリーンの言葉に、 こいつは一本取られた とホランドは苦笑した。

なるほど、そこは商人と変わらない、か

今回はエッダの顔に免じて、特別に見物料は取らないでおくぜ

はっは、これは敵わないな

ぱしっと額を叩いて、ホランドが笑いだすが、そこに背後から響く蹄の音が混じった。

おーい、ホランド! ちょっと待ってくれ!

見れば後方、馬に乗った傭兵が、こちらに向かって手を振りながら駆けてきている。

おお、ダグマル。どうした?

どうしたもこうしたもないよ、トラブルだ

ケイたちの横までやってきて、騎乗で肩をすくめる傭兵。それは眉毛が濃い、よく日に焼けた中年の男だった。

『ダグマル』と呼ばれた彼は、この隊商では傭兵のまとめ役をやっており、ケイたちの直接の上司に当たる人物だ。ホランド曰く幼馴染だそうで、悪友とでもいうべき関係なのだろう、お互いにかなりフランクな口調で話している姿が、朝から度々見かけられていた。

何が起きた?

ピエールんとこのオンボロ馬車が、今になってイカれやがった。何でも、車軸がガタついて動けねえらしい。今、皆で修理してるが、これがしばらくかかりそうでよ。少しの間待っておいて欲しいんだわ

……それは仕方ない。が、ピエールはいい加減、新しい馬車を買うべきだな

全くだ。けどアイツ、金がねえからなぁ

やれやれと嘆息したダグマルは、しかしすぐに気を取り直してケイを見やった。

それでだ、ケイ。お前たしか力自慢だったよな? ちょっと後ろに行って、修理を手伝ってやってくれないか。馬車を支えるのに人手が必要でよ

分かった、問題ない

助かる。俺は前の奴らにも知らせてくる、この分だと村に着くのは遅れそうだな

再び小さく肩をすくめ、ダグマルは慌ただしく前方へと駆けていく。それを見送りながら、ケイはアイリーンに”竜鱗通し(ドラゴンスティンガー)“を手渡した。

というわけで、俺は後ろに行くが……。邪魔になりそうだから、預かってくれ

あいよ

ありがとう

弓はアイリーンに任せ、ケイは馬首を巡らせて後方へと向かった。

ホランドの幌馬車から後ろに一台、二台、トラブルを抱えているのは、どうやら最後尾の馬車のようだ。商人の男と数人の見習いたちが荷台から重い荷物を降ろしつつ、工具や木材の切れ端を手に、後輪に群がるようにして慌ただしく修理を進めている。