「だけどな、一応俺はリアルでは男なんだから気を付けろよ。この世界じゃ、そういうのができないのは確かだが……こう、道徳的にな」
「そうですね。絆さんが女の子にしか見えなかったもので、つい失念していました」
確かに今、俺は女だが……。
これは闇影もそうだが、外見が及ぼすイメージはやはり強いみたいだ。
俺が素肌を見ても、あまり気にした様子がない。
元々普通のVR機よりもリアリティが高いディメンションウェーブは種族的特徴を省けば現実とほとんど変わらない。無論美男美女しかいないという現実との違いもあるが、どうみても人に見えてしまう。
しょうがないとはいえ、二人は俺の、絆†エクシードとしての声と姿しか知らないからだろう。できれば気を付けて欲しいが……まあ俺の方が気を使えばいいか。
「さて、寝坊した分も取り戻さないとな。今日はどこ行く?」
「その事なのですが……」
少々気不味そうな表情で硝子は考えを話し始める。
「常闇ノ森は条件が私達にとても噛み合っていました。ですが絆さんの『アレ』をこれからも隠し続けると仮定した場合、私の知っている場所では必ず誰かに見られてしまいます」
何か困った事があるのかと思ったら、よくよく考えればかなり妥当な話だ。
本音で言えば無理に隠す必要はないと考えている。
それでパーティー狩りができないのでは本末転倒だ。
案として夜に行動する事にして常闇ノ森で狩るか? というものが出たが、それも限界があるだろうし、一人二人ならエネルギー効率は良いが、三人となると他へ行った方が良い、というのが硝子の結論だ。
「この際、バレても良いんだからな? 無理に隠す程でもない」
「絆さんのお言葉も理解できます。ですが他者より秀でる要素を安易に手放してしまうのも、私はもったいないと思うんです」
「確かに、でござる」
まあそうなんだよな。
これが普通のオンラインゲームなら攻略サイトで膨大な情報を確かめればいい。だが、ディメンションウェーブでは、鍛冶師に作ってもらう武器の材料すら詳細に知っている人は稀なんじゃないだろうか。
その中で解体武器が最弱武器で使う人が少なく人気がない。その解体武器に偶然攻撃以外の使用用途があった。それだけの話だ。しかし硝子や闇影の言う通り、偶然見つけたこの金のなる木を不用意に公表してしまうのはもったいない気もする。
「要するに、エネルギー効率が良くて、金銭効率も良く、人が誰もいない場所、か……」
「良く考えると凄い条件でござる!」
「私達は少々我侭を言っているのかもしれませんね」
満場一致の贅沢な条件だ。
結婚相手に年収一千万を要求するのと同レベルの我侭と言える。
もしもこんな狩り場あったら、必ず誰かいるよ。
そうなると少しランクを落とす、なんて事を考えるが結局誰かに見られる可能性は0にはできない。
というか、そもそもが無理な話なのかもしれない。
MMORPGのサービスが始まれば、当然人気狩り場と過疎狩り場が生まれる。過疎狩り場は人が少ないけれど、誰も近付かないという事は普通に経験値効率が悪い。
「しかし誰もいない狩り場か……」
我ながら無茶を言ったもんだ。
最初からそんな場所がある訳が……待て、あるじゃないか。
エネルギー効率は正直完全に把握した訳では無いので断言できないが、少なくとも常闇ノ森より強いモンスターが沢山生息している場所を俺は知っている。
だが、あそこは――
「絆殿? どうしたでござる」
「何か名案を浮かびましたか?」
二人が期待の眼差しで眺めてくる。
昨日のリザードマンダークナイト戦の影響か、期待値が高いのが心苦しい。
「一つだけ、現状おそらく誰も近付かなくて、モンスターが常闇ノ森より強い場所を知っているんだが、正直おすすめできるとは断言できない」
「それはどの様な場所なのでござる? 行ってみなければ決断はできぬと思うでござる」
……俺は別にそこで良いと思っているんだが、硝子と闇影が気に入るか。
いや、まあどうせ三人で決めるんだし、案だけでも出すか。
「海だ」
「海、ですか?」
「ああ、以前木の船ってアイテムで第一の海で、沖まで行った事があるんだ。まだ総エネルギー量が少なかったというもあるが、結構強いモンスターがいた。その時は逃げ帰ってきたけど、三人ならもしかしたら……って思ってな」
「なるほど、確かに判断に悩みますね」
まずモンスターがどの程度生息しているのか、俺達三人で倒せるのか、安全をキープできるのか、簡単に上げられるだけでも知らない事が多過ぎる。
それでも一応条件はクリアしている。
船の上なので誰かに見られる確率は低い。モンスターも結構強く、誰も倒していないモンスターなので素材の流通量は確実に少ない。
仮に解体アイテムを大量に売却しても、そこのモンスターは沢山アイテムを落とす、という事にすればしばらくは狩れる。
「他にも問題があった」
「問題とはなんでござるか?」
「船が小さい」
俺が持っている木の船+3は精々三人が限界だ。
しかも『乗るのが限界』だ。
モンスターと戦う事を仮定した場合、身動き一つ取れない。
「その船という物はどこで手に入れたのですか?」
「ああ、第一の方の露店で自作した船を売っている奴がいて、4万で買った」
「その方と連絡は取れるでしょうか?」
「と言っても名前も知らない、露店商だからな……」
「船が製造物なのでござれば、製作者の銘がアイテムに刻まれているのではござらぬか?」
「そうなのか?」
オンラインゲームでは製造職が作ったアイテムに名前が付く事は当たり前だ。
俺は木の船+3をアイテム欄から眺める。
あった。製作者の欄が確かにある。
『しぇりる』ひらがなだ。
重複しそうでしなさそうな、微妙な名前だ。きっと重複したのだろう。
「ちょっと連絡してみる」
一度断りを入れてからカーソルメニューにあるチャットの欄を選択。
しぇりる、とひらがなで入力してチャットを送った。
都合が付けば良いが。
一応昼なので一週間前に昼間活動していた彼女が生活スタイルを変更していなければ繋がると思う。仮に繋がらなくても夜にもう一度かければいい。